HOME > 研究者 > 一柳健司 先生 > 生活習慣病による生殖細胞のエピジェネティック変化およびゲノム変異の発生機序(第2回)

親が糖尿病である場合、子どもも発病しやすい可能性があります。父親由来の場合、DNAメチル化の修飾パターンが変化することが原因である可能性が挙げられていますが、未だその確たる証拠はつかめていません。

前回は糖尿病の親マウスの生殖細胞、その子どもの膵島や肝臓の解析結果についてお話いただきました。第2回のインタビューでは、マウスを用いた研究の難しさや、先生がエピジェネティクスの研究を始めるキッカケとなったトランスポゾンについてお聞きします。

まずは、前回のおさらいをお願いします。

父親の生活習慣病である糖尿病が、子ども世代の病状を悪化させる傾向があることはわかっていました。その遺伝メカニズムは未だに解明されていませんが、私は、精子のエピゲノム(特にDNAメチル化)が変化し、それが次世代に伝わっているのではないかと考えました。

なお、他の研究でも精子のDNAメチル化異常は報告されていたのですが、精子に至るまでの5つのステージ(精原細胞→精母細胞→MⅡ期→精子細胞→精子)のうち、どのステージで異常が発生するのかは特定されていませんでした。

私は精巣内の生殖細胞を体細胞から分離し、発生ステージごとにFACS分取する手法を確立しているため、糖尿病のモデルマウスを用いて、生殖細胞のゲノムとエピゲノムの大規模シーケンサー解析から、それを明らかにしようと試みました。

これまでの研究でわかったことは、血糖値が慢性的に上がったマウスでは、精子DNAメチル化異常があり、その多くは精母細胞期以降、おそらくは減数分裂後に出現していることです。加えて、高血糖マウスの産仔マウスは、膵島や肝臓のDNAメチル化、遺伝子発現がともに変化し、その中には糖代謝関連遺伝子やインスリン遺伝子が含まれていることが明らかになりました。

これまでの研究結果のまとめ

このマウスによる実験結果は、私たちヒトにも有効と考えてもいいのでしょうか。

DNA メチル化の変化は明らかにできましたが、そのメカニズムの理解に至っていませんので、ヒトでも同じことが起きていそうかどうかは、現時点では判断できません。同じ哺乳類として、ヒトとマウスの間で遺伝子はよく似ているのですが、「遺伝子以外の部分」はかなり異なります。

とはいえ、遺伝子の転写調節に関わる領域はヒトとマウスの間で共通性が見られますし、DNAのメチル化状態によって、糖尿病のような生活習慣病が親から子に伝わる可能性があるということを、まずはマウスで証明しておくことは、有意義だと思っています。

今回のご研究で一番苦労なさったのは「マウスの飼育」とお聞きしましたが……

はい。親マウスは高血糖状態で3カ月経過したものを対象としました。予備的な実験で、3カ月くらい経たないと影響が顕在化しなかったからです。高血糖状態になってから3カ月待ち、彼らを正常メスと同居させて交尾するのを待って、その後ようやく生殖細胞の回収に入ることができます。自然交配では相性もありますし、同居してもすぐに交尾するとは限りません。毎朝、交尾の有無をチェックし続けます。さらに、交尾から約3週間後に仔マウスが生まれるのですが、その仔マウスが成長し、さまざまな生理学実験やエピゲノム解析ができるようになるまで2カ月かかります。つまり、実験の準備作業だけで約半年が必要となるのです。ですので、毎月3匹程度のオスマウスを高血糖状態になるようにして、毎月、生殖細胞の解析(3カ月後から)と仔マウスの解析(6カ月後から)ができるように準備しています。

交尾については体外受精という選択肢もあるのですが、体外受精という操作自体が胚のエピゲノムを変える可能性もあるので、自然な交配と受精から仔マウスを得ています。

研究で最も時間を要するのが、マウスの飼育と管理。しかも生き物であるため、必要な数が必ず揃うわけではない
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