HOME > 研究者 > 一柳健司 先生 > 生活習慣病による生殖細胞のエピジェネティック変化およびゲノム変異の発生機序(第1回)

糖尿病は、生活習慣病の中でも急速に罹患者が増加しており、ひとたび発症すると完治することがなく、網膜症や腎症、神経障害などの合併を引き起こし、失明にもつながるため、社会問題として認知されています。

この糖尿病について、近年「親が糖尿病になった場合、子どもも発病しやすい傾向がある」という報告があります。このメカニズムを解明することで、個々の健康意識を改善し、治療法の開発に繋げようとされている、名古屋大学大学院生命農学研究科動物科学専攻の一柳健司先生にお話を伺いました。

まずは先生の専門分野について教えてください。

私の専門分野はエピジェネティクスです。エピジェネティクスとは「塩基配列の変化を伴わない、遺伝子機能の変化とその制御」のことです。エピはギリシャ語で「上」あるいは「後」、ジェネティクスは「遺伝学」という意味です。両親からもらったDNA分子の中に塩基配列という遺伝情報があり、後からその上に別の情報を書き足していくイメージです。

エピジェネティクスは個体発生や細胞の性質維持など、生命に必須であり、その主なメカニズムはDNAメチル化とヒストン修飾です。

「DNAメチル化」「ヒストン修飾」とは、何でしょうか。

まずDNAメチル化から説明しましょう。多細胞生物の一個体の中では、基本的にどの細胞も同じ遺伝子の情報を持ちます。遺伝子の本体は2本の長いDNAからできた二重鎖で、そのDNAはA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)という4つの塩基で構成され、1本のDNA鎖に塩基が並ぶわけですが(塩基配列)、その中でCの次がGという部分のシトシンにメチル基が付加されることをDNAメチル化と呼びます。どのシトシンがメチル化されているかは細胞種によって異なります。

DNAメチル化のシステムは遺伝子を使用するか否かを決定する機能を有しています。遺伝子にはプロモーターと呼ばれる領域が存在し、何も修飾がない場合はその遺伝子が転写されますが、プロモーターのDNAがメチル化されると、転写が抑制されます。例えば、がん抑制遺伝子のプロモーターがメチル化されることで、がん抑制遺伝子が転写されなくなり、がん化が進行することが明らかにされています。

次にヒストン修飾です。DNAは、ヒストンというタンパク質に巻き付いた状態のものがいくつも連なった形で細胞核内に収納されていて、この構造をクロマチンといいます。ヒストンが化学修飾を受けるとクロマチン構造が変化し、DNAと転写因子などのタンパク質との接近のしやすさが変化して、遺伝子の発現制御が可能になります。

つまり、これらの化学修飾は細胞内の情報として機能していて、エピジェネティックな情報といい、それらをすべて集めたものをエピゲノムと呼びます。

エピジェネティクスと表現型

がん抑制遺伝子のDNAのメチル化を取り除くことができれば、がんを治療することができるのですね。

理論的にはその通りですが、現在の技術では、がん抑制遺伝子のメチル化を生体の中で人為的に取り除くことは難しいです。

しかし、20年後には技術革新が起きている可能性があります。現に、20年前ならゲノム全体のDNAメチル化を解析するなんて、無謀な企みでした。20年前は大きな国際プロジェクトで何年もかけて、やっとヒトゲノム配列が決定された頃です。しかし、この20年の間に大規模シーケンサーという新技術が開発され、ゲノム全体のDNAメチル化はもちろん、ヒストンの修飾など、エピゲノム情報の解析を個人でもできるようになりました。

技術革新が起こり、DNAメチル化を人為的に操作することができるようになった時に備えておくという意味で、生活習慣病が子どもに引き継がれるメカニズムを明らかにしておくことは重要です。

20年後には、がん抑制遺伝子のメチル化を人為的に取り除くような技術革新が起きている可能性がある
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