HOME > 研究者 > 一柳健司 先生 > 生活習慣病による生殖細胞のエピジェネティック変化およびゲノム変異の発生機序(第1回)

「親の糖尿病が子どもに引き継がれ、悪影響を及ぼす」ということが、遺伝のメカニズムから証明できれば、健康に対する人々の意識が変化しそうですね。

人類全体の健康へ好影響を及ぼすことができ、ひいては治療法の開発にもつながると考えています。

具体的には、まず糖尿病になったオスの生殖細胞を解析し、次に産仔マウスの耐糖性やインスリン応答性を調べ、さらに膵島と肝臓について、DNAメチル化状態と遺伝子発現状態をエピゲノム解析、トランスクリプトーム解析で調べました。膵島を調べたのは、血糖値をコントロールするインスリンが膵臓の膵島から分泌されているためです。そのインスリンを感知して応答するのは、主に肝臓と脂肪組織と筋肉です。この肝臓の遺伝子発現変化をトランスクリプトーム解析によって確認しました。

研究室の一角。写真に写っているのはリアルタイムPCR装置。コロナ検査で注目を浴びるようになったが、本研究では作成した大規模解析用のライブラリーの量を正確に計ること等に用いている。

それでは、これまでの研究成果について詳しく教えてください。

まず、ストレプトゾトシン(STZ)の投与により、親マウスを人工的に高血糖にしました。仔マウスはその高血糖マウスと、健康な雌マウスを交配した子どもと考えてください。

親マウスの組織学的解析では、高血糖後「1カ月」と「3カ月」の精巣には、異常は見当たりませんでした。

次に、高血糖後「3カ月」のマウスから精子、精原細胞、精母細胞を回収し、ライブラリーを作成しました。そこから得られたシーケンスデータ結果を、BismarkやComMetという解析プログラムを使用して、ゲノムに存在するCG部位の全てについてDNAメチル化率を算出し、糖尿病によって統計的に有意にメチル化が変化している領域を同定しました。

すると、血糖値が慢性的に上がったマウスでは、下図のように個体によらず、1000以上の領域で精子のDNAメチル化状態が変化していました。その70%は精母細胞以降に出現しており、減数分裂後に生じた可能性が示唆されます。

DNAメチル化解析により、高血糖状態になると精子DNAメチル化状態が変化することが確認できた

仔マウスに対しての解析と結果は、いかがでしたか。

高血糖マウスの産仔マウスに対しては、表現型解析とトランスクリプトーム解析を行いました。まず表現型解析としてインスリン応答性を調べると、インスリンに応答はできるのですが、血糖値の戻りが悪く、血糖値の制御が悪くなっていました。これは複数例で確認できたため、高血糖マウスを父親に持つ仔マウスに共通する現象と考えられます。ただ、これは報告されていた子どもの表現型(血糖値が上がった後に戻りにくい)とは違うので、その原因も追求してく必要があります。

次に、膵島と肝臓の細胞からmRNAを調製し、トランスクリプトーム解析を行いました。下図のように膵島ではインスリン遺伝子発現が大きく減少し、肝臓では糖代謝関連遺伝子の上昇が見られました。さらにDNAメチル化解析も行い、膵島でも肝臓でも多くのメチル化変化を確認できました。

糖尿病マウスの子どもは、糖代謝異常を示した

つまり、親が高血糖であれば、子どもの膵島や肝臓のDNAメチル化、遺伝子発現がともに変化し、その中には糖代謝関連遺伝子やインスリン遺伝子が含まれていることが明らかになったのです。

ただし、精子で観察されるDNAメチル化変化と、子どもの組織で観察されるDNAメチル化変化はあまり一致していません。一致している領域があるのは興味深いですが、これらの領域のDNAメチル化が本当に発生過程を通して維持されていたのかどうかは、これから調べるところです。また、DNAメチル化が変化するメカニズムが解明できておらず、今後の課題として残っています。

高血糖マウスの産仔マウスは、血糖値の調節に異常をきたす。その再現の成功に、がん抑制遺伝子のメチル化を人為的に取り除く技術に、一歩近づいたと感じました。次回は、マウスを用いた研究の難しさや、先生がエピジェネティックス分野に進まれたきっかけなどについて、お話しいただきます。

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