HOME > 研究者 > 一柳健司 先生 > 生活習慣病による生殖細胞のエピジェネティック変化およびゲノム変異の発生機序(第2回)

先生は何故、エピジェネティクスの研究を始めたのですか。

大学院生時代はX線結晶解析というタンパク質の立体構造研究を、古細菌のタンパク質を対象に行っていました。博士課程の最後の方になって「これからどの分野に進むべきか」を検討していたのですが、その時に取り組んでいたタンパク質が、トランスポゾンに少し関係するものでした。それで、トランスポゾンの活性が周辺環境などに応じてどのように制御され、またトランスポゾンがどのように宿主ゲノムと相互作用して、どんな役割があるのかを調べたくなったのです。

その解を得る方法は個々のタンパク質の結晶構造解析ではないだろうと思い、そこでアメリカのニューヨーク州保険省の研究所ではバクテリアの、東京大学では植物の、東京工業大学では脊椎動物の、それぞれのレトロトランスポゾンの転移機構について遺伝学や生化学の研究を進めているチームに入りました。アメリカにいた時にヒトゲノムの論文が発表され、その大量のレトロトランスポゾンの数に驚き、トランスポゾンの研究は真核生物の方が面白いだろうと感じ、東大に移ってからは真核生物を対象としました。

一方、2000年あたりからエピジェネティクスが注目され始めました。2005年頃からは、エピジェネティクスの研究では、今まで多くの人々が無視していたトランスポゾンを理解しておく必要が出てきました。ゲノムの中は遺伝子の数よりもトランスポゾンの数の方が多いのです。そんなこともあって、2007年にマウスのエピジェネティクス研究をされていた国立遺伝学研究所の佐々木裕之教授の研究室で助教の職に着くことができ、エピジェネティクスの世界に足を踏み入れました。エピジェネティクスの研究者でもなく、マウスを触ったこともない自分が教員に選ばれたのは、本当に幸運でした。その研究室で、エピジェネティクスの最先端研究や動物実験の方法を学ばせていただき、一方、大規模解析に必要なプログラミング技術やトランスポゾンの知識などを研究室に還元しました。

この一般研究助成に応募したのは、どのようなキッカケがあったのでしょうか。

岡山大学の鵜殿平一郎先生のご研究からです。鵜殿先生はガン治療を進めるために、糖尿病治療に使われるメトホルミンを利用した免疫療法のご研究をされています。免疫力を活性化するHSP90という熱ショックタンパク質の一種があり、その実験のためにノックアウトマウスを持っておられて、それを譲っていただいたという経緯があります。実はHSP90のノックアウトマウスは生殖細胞でレトロトランスポゾンの活性化が起こり、不妊になるのです。それはともかく、鵜殿先生のような生物学の研究でも採択されるのであれば、私の研究も申請すれば少なくとも門前払いにはならないだろうし、運が良ければ研究の価値を認めてくれるかもしれないと、前向きな期待をこめて応募しました。

セコムというセキュリティ会社の冠が付いていると、どうしても人感センサーの開発などをイメージして「自分の研究分野には関係ない」と思い込む研究者が多いと思いますが、とにかく申請してみることをお勧めしたいです。チャレンジ精神あるのみ、です。

幅広い学術分野から拾い上げられていますし、審査委員会のメンバーには、ベーシックサイエンスに詳しい先生方が揃っておられます。純粋に学究的な基礎研究は難しいかもしれませんが、少し遠くてもいいから実用化、社会化の目処が立つ範囲のものならば、長期的視野に立った審査をしていただけると思います。

準備研究を含めて4年間もの長期の助成期間があることも、非常にありがたいと思っています。ただ、審査が毎年あって継続の可否が判断され、それは制度上よく理解できるのですが、ポスドクを雇用したいとなると、なかなか簡単にはいかない部分がありました。

セコム=セキュリティという先入観にとらわれず、ぜひこの一般研究助成に挑戦してみてほしい

どのような点が難しいのでしょうか?

多くの研究者は博士課程を修了した後、最初の5〜7年間が重要な修業期間になります。それがポスドクで、身分としては不安定ですが、研究に没頭できるフルスイング期間でもあります。ただ、日本の中でポスドクの数が足りているわけではありません。

ポスドクになる人はどこかから自腹で引っ越してきて新しい研究を始めるのですから、「今年は雇用できるけど、来年のことは分からないからね」では、こちらも積極的なオファーができません。せめて3年くらいの雇用の保証がないと本人が研究に集中できないし、そもそも研究は1年間でできるものでもありません。研究助成の2年度〜4年度の3年間が約束されたものなら、状況は変わると思います。

多額の助成金をいただいた以上、その資金で若い人が研究する機会を増やし、次世代の科学者を育てるという責任を感じています。最新実験機器への投資も必要ですが、人を育てる投資も必要だと思っています。助成金の活用によって、他の研究室から優秀な人材を新しく投入できれば、その人と研究室メンバーの「化学反応」によって共に成長することが期待でき、ひいては日本のサイエンスの底上げにも貢献できるのではないかと期待しています。

一柳先生と研究室の皆さん

エピジェネティクスからはじまり、DNAメチル化、トランスポゾンなど、専門性が高く理解が難しい概念について、2回にわたり、たいへんわかりやすいご説明をいただきました。長時間のインタビューにお答えいただき、本当にありがとうございました。

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