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健康長寿社会の実現に向けた新たな自己免疫制御療法の確立(第1回)

慶應義塾大学

Koji Hase

腸管免疫を専門にご研究されている先生が、関節リウマチに着目したのは、そのような流れがあったのですね。

高齢者が罹患しやすい病気の一つに、関節リウマチがあります。関節リウマチは免疫が正常に機能しなくなり、自分自身の細胞や組織を攻撃してしまう自己免疫疾患です。発症のメカニズムはまだよくわかっていませんが、遺伝子の異常の他に、環境因子として腸内細菌が挙げられています。

患者数は約80万人と推定されており、毎年約1.5万人も増加しています。さらに「手足の関節が痛む」という疾患予備軍は、人口の4.5%にあたる約560万人も存在すると言われています。

しかし、関節リウマチの病因は十分に解明されていないため、根本的な治療法はなく、服薬による対処療法が主です。長期間にわたって薬を飲み続ける必要があるため、安価で副作用が少ない新薬の開発が求められています。私は酪酸に着目し、ここから新薬開発につなげたいと考え、本研究を開始しました。

関節リウマチの症状に、酪酸はどのように影響しているのですか。

まず、関節リウマチのモデルマウスに酪酸を混ぜた飼料を与えて、症状の変化を観察しました。すると、曲がらなくなっていたマウスの足の関節が、徐々に曲がるようになっていきました。さきほど言ったように、関節リウマチに対して、顕著な改善が確認できたのです。

その理由を知るために解析を行ったところ、マウスの自己抗体の産生が抑制されていることがわかりました。自己抗体とは、自身の細胞成分に対する抗体のことです。

酪酸は免疫寛容に関わるTreg細胞を誘導し、さらに自己抗体の増加も抑えてくれる、ということですか。

自己抗体の産生を抑制するのは、Treg細胞がさらに分化したサブセットである濾胞性制御性T細胞(follicular regulatory T:Tfr細胞)です。酪酸は、Tfr細胞分化誘導活性も有していたのです。

このTfr細胞はリンパ濾胞(多数の細胞によって作られた袋状の構造物)内に存在し、胚中心反応を抑制する細胞として知られています。私はTfr細胞を体内で増やすことができれば、関節リウマチの治療に役立つのではないかと考えました。

酪酸は濾胞性制御性T細胞(Tfr細胞)を誘導することで、関節リウマチの症状を抑えている

胚中心反応とは、どのような現象でしょうか。

脾臓やリンパ節では、抗体を産生するB細胞が存在する領域と、T細胞が存在する領域が分かれています。B細胞の領域は濾胞内で、T細胞の領域はその濾胞の周囲に位置します。

濾胞内には胚中心と呼ばれる場所があり、B細胞はそこで活性化・増殖して、抗体の性能を高めます。これが胚中心反応です。この反応にアクセルをかけるのが濾胞性ヘルパーT細胞(follicular helper T:Tfh細胞)、ブレーキをかけるのがTfr細胞です。だいぶ簡略化して説明しましたが、胚中心反応の強弱は、Tfh細胞とTfr細胞のバランスによって決まる、とお考えください。

自己免疫疾患のモデルマウスは、Tfh細胞が多く、Tfr細胞が極めて少ない。酪酸を投与すると、Tfr細胞が少し増えていく

Tfr細胞が増えれば、胚中心反応が抑制されて自己抗体の産生が抑えられる。減少すると、Tfh細胞によって胚中心反応が過剰になり自己抗体が増加する、ということですね。

そうです。関節リウマチの患者さんは酪酸濃度の低下によってTfr細胞が減少し、胚中心反応が過剰に活性化したために自己抗体が産生されていると仮定すれば、Tfr細胞を人為的に増やすことで、関節リウマチの発症や症状の進行を抑えられるはずです。

Tfr細胞を効率的に増やす方法を開発できれば、関節リウマチはもちろん、全身エリテマトーデスなど多くの自己免疫疾患にも応用できるため、新たな治療方法が確立できると期待できます。

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