HOME > 研究者 > 長谷耕二先生 > 健康長寿社会の実現に向けた新たな自己免疫制御療法の確立(第1回)

高齢になるとさまざまな病気を発症しやすくなります。そのひとつである慢性関節リウマチは、関節に炎症が起こり、腫れや痛み、変形などによって日常生活動作に支障をきたす疾患で、自身の体を守る免疫機構が自己の細胞や組織に反応して攻撃してしまう自己免疫疾患の一種ですが、発症の原因はまだ解明されていません。

高齢者になっても安全・安心に暮らし続けるためには、このような病気の解明が急務です。そこで、腸管免疫を専門にご研究されている慶應義塾大学薬学部の長谷耕二先生にお話を伺いました。

先生は薬学科のご出身ですが、どのような経緯で腸管免疫の研究を開始されたのですか。

私が腸に興味を持ったきっかけは、学生時代に読んだ『腸は考える』(藤田恒夫著)という本です。腸は体内に入ってきた栄養素の情報を感知し、ホルモン等の情報伝達物質を分泌して腸管ぜん動を促すなど、自ら考えて活動できる臓器だと知り、感動しました。その後、薬学部を卒業した頃に健康食品がブームとなり、就職先の山之内(現アステラス)製薬会社でも、健康科学研究所が設立されました。私はそこで、腸内発酵の研究に携わることになりました。

腸内細菌は、健康な人であれば40兆個から100兆個くらい存在しており、食物繊維を分解してエネルギーを生成しています。このときから「腸内細菌は、実は生体機能も調整しているのではないか?」と考えていました。そしてあるセミナーで、腸管免疫について学ぶ機会を得ました。腸は体内の有害なものと無害なものを区別し、免疫のアクセルとブレーキを絶妙なバランスでコントロールすることで、有害なものだけを排除しているというのです。当時はそのメカニズムが解明されていなかったため、腸管免疫は免疫学の中の暗黒大陸と言われていました。

私はこの腸管免疫の面白さに強く惹かれて渡米し、カリフォルニア大学サンディエゴ校の医学部に留学しました。それ以来ずっと、腸管免疫の研究をしています。

腸管免疫の仕組みは、現在はある程度わかっているのでしょうか。

私がこの分野に入った2000年くらいから大きな発見が続き、2010年以降は腸内細菌が重要視されるようになり、腸内細菌と腸管免疫という新たな分野が拓かれました。研究者の増加とともに、次々と発見が続いた時期だったので、私はすごくいい流れに乗ったのだと思っています。

私たちの全身が消費するエネルギーの約1割、さらに腸で消費されるエネルギーの約8割は、腸内細菌が食物繊維などを分解して生成している

では、腸管免疫のアクセルとブレーキについても、解明が進んだのですね。

はい。腸内に存在する多くの細菌に対して免疫応答が異常に活性化しないのは、免疫寛容というブレーキ機能があるからです。このブレーキに重要な役目を果たしているのが、制御性T細胞(regulatory T:Treg細胞)です。たとえば、無菌マウスにTreg細胞を投与すると、最初は異物と判断して免疫が活性化するのですが、Treg細胞が増えると免疫は抑制されます。

私は、腸内発酵によってエネルギーが産生される過程で生じる代謝物が、このTreg細胞の分化誘導に関わっているのではないか、と考えました。そしてメタボローム解析を行い、酪酸がTreg細胞を誘導していることを突き止めました。

さらに、自己免疫疾患である関節リウマチの患者さんは、健常者と比較して便中の酪酸がとても少ないことがわかりました。そこで、関節リウマチのマウスモデルに酪酸を与えたところ、症状の改善が確認できたのです。

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