HOME > 研究者 > 原英樹先生 > 感染症を重篤化させる特異的炎症の活性化機構と炎症記憶の解析およびその応用 (第2回)

世界規模で感染症が猛威を振るっており、特に薬剤耐性菌や新型ウイルスの拡大が大きな問題となっています。安全安心な社会を作るためには、薬剤耐性や抗原変異の影響を受けない、画期的な治療戦略の開発が、喫緊の課題であるといえるでしょう。

この課題に対して、原先生は自然免疫機構であるインフラマソームに着目し、活性化や病態悪化の分子メカニズムの解明に取り組まれました。そのうえで、病原体を標的としない感染免疫療法の開発を目指されています。第2回では、グラム陰性菌のMDRA(多剤耐性アシネトバクター)感染によるインフラマソーム活性化および病態悪化のメカニズムや、今後の展望として創薬やバイオマーカーへの応用可能性などについて伺います。

まずは、前回のおさらいからお願いします。

病原体が体内に侵入すると、それを認識する細胞内受容体が活性化して構造変化を起こし、ASC、caspase-1を呼び寄せてタンパク質の複合体を形成します。これがインフラマソームです。炎症性サイトカインの放出やパイロトーシスを介して感染防御能力を向上させる一方で、不適切な活性化は感染病態の増悪にも繋がります。

そこで本研究では、まず、ASCのリン酸化修飾を中心に、病理的なインフラマソーム活性化と病態悪化について、その分子メカニズムを明らかにすることを目指しました。グラム陽性菌であるリステリアやMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)感染の場合で調べた結果、それぞれ異なるキナーゼによってASCをリン酸化し、インフラマソーム応答を亢進して、感染病態を悪化させることがわかりました。なお、多くの抗菌薬が効かないMRSAに関しては、ASCをリン酸化するキナーゼ(Aurora A)を阻害することで病態改善に成功しています。

ここまでのご研究では、グラム陽性菌を対象にされています。グラム陰性菌の場合、インフラマソーム活性化や病態の悪化は、どのようなメカニズムで起こるのでしょうか。

グラム陰性菌に関しては、菌体外膜の主成分にして病原因子であるリポ多糖(LPS)が、リポタイコ酸の細胞内受容体であるNLRP6には結合しないことをすでに確認しています。そのため、インフラマソーム活性化のメカニズムも異なる可能性があります。そこで、多剤耐性化が世界的な問題となっているグラム陰性菌MDRA(多剤耐性アシネトバクター)感染におけるインフラマソーム応答について研究しました。院内感染の主要な原因菌として知られており、世界保健機関(WHO)では対策の緊急性を最上位の「重大」に位置付けられている病原体です。

まず、MDRAをマクロファージに感染させ、細胞内でどのような挙動を示すのかを電子顕微鏡で観察しました。すると、MDRAはマクロファージの食胞(食作用によって、細胞内に取り込まれた固形物や細菌などの周囲に形成される小胞)に取り込まれるものの、食胞膜が崩壊し、菌体が細胞質に曝露されていることがわかりました。細胞内寄生菌であるリステリアは外毒素を産生することで積極的に細胞質にアクセスしますが、同じような細胞質への菌体曝露がMDRA感染でも観察されました。

走査型電子顕微鏡で撮影した食胞内のMDRA菌体と崩壊した食胞膜

細胞質に曝露されるということは、細胞内受容体に認識されるということでしょうか。

はい。リステリアは細胞内寄生性を有しており、宿主の細胞内で生きて増殖します。これに対し、MDRAは通常、細胞外で増殖しますが、細菌リガンドが細胞内受容体に認識され、インフラマソームを活性化できることがわかりました。

そこで、グラム陰性菌であるMDRAの感染において、インフラマソーム活性化が病態に及ぼす影響を調べるために、野生型マウスとインフラマソーム不全マウスにMDRAを感染させました。その結果、野生型マウスでは肺や肝臓に多くの血栓が形成され、死に至りました。これに対し、インフラマソーム不全マウスの中でもcaspase-11というマウス特有の細胞受容体を欠損した個体では、臓器内の菌数が顕著に減少し、生存率が約60%改善しました。

MDRA感染マウスの臓器内菌数(左が野生型、右がcaspase-11欠損型)
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