親戚に医師が多く、幼い頃から医療への貢献に関心がありました。しかし、医師は患者の死と向き合わなくてはなりません。そのつらさを懸念していたところ、母から薬剤師として医療をサポートすることを勧められました。
薬学部に進学した当初は薬剤師を志していましたが、研究室配属の時に、感染症をテーマとする細菌学のラボが目に留まりました。感染症はヒトの一生のあらゆるステージでつきまとい、患ったヒトはいないと言えるくらい最も悪影響を及ぼす病気です。そして、唯一、ヒトからヒトに伝染する病気です。研究を通して、安全安心な社会の実現に寄与できるのではと考えて、この分野に決めました。
当初は病原体の研究に専念していましたが、感染症のメカニズムを理解するためには「病原体」と「宿主」の相互作用に目を向ける必要があることに気づきました。そこで、細菌学の研究に加えて感染免疫学も取り入れるようになった次第です。

これまでヒトの主な死因はがんと考えられてきたが、ワシントン大学の研究の研究によると、敗血症による死者が最多であった。世界的にも感染症およびそれに関連する疾病による死亡者は多く、研究の必要性が高まっている
はい。従来の感染症研究は、病原体側の要因を中心に進められる傾向にありました。たとえば外毒素や内毒素、エフェクター(分泌装置を介して細菌が宿主細胞内に注入するタンパク質など)、莢膜(一部の細菌が持つ構造物)などです。
しかし、近年では病原体が宿主の免疫応答を誘導し、炎症反応を引き起こす「炎症応答誘導能」が、病原性を決定づける新しい要因として注目されています。この性質について調べる中で「インフラマソーム」に着目するようになりました。
炎症応答を引き起こす自然免疫機構の1つです。病原性の有無に関わらず、微生物が体内に侵入すると、まず細胞外受容体が微生物特有の分子(リガンド)を認識し活性化します。さらに、病原体が感染した場合は、細胞膜を傷害したり、エフェクターを細胞内に注入することで、細胞内受容体がリガンドを認識することになります。そうすると、細胞内受容体が構造変化を起こし、様々な分子をリクルートすることでタンパク質複合体を形成します。
この複合体が、インフラマソームです。細胞内受容体と、プロテアーゼ(タンパク質分解酵素)であるcaspase-1、この2つをつなぐアダプター分子の ASCの3つで主に構成されています。なお、ASCは通常ミトコンドリアに局在していますが、インフラマソームが形成される際に「ASC speck」という凝集複合体を細胞核の近くに形成します。
インフラマソーム形成後、caspase-1はASC speckを足場に活性化し、炎症性サイトカインIL-1βやIL-18の前駆体を切断して成熟化させます。これが細胞外に放出されると、炎症反応が引き起こされるのです。
さらに、caspase-1には「ガスダーミンD」というタンパク質を切断し、活性化させるはたらきもあります。活性化したガスダーミンDは、細胞膜に孔を開けて、プログラム細胞死の1つである「パイロトーシス(炎症性細胞死)」を誘導します。

インフラマソームの概要
なお、一種類の病原体であっても、複数の細胞内受容体を介してインフラマソームが活性化し、互いに影響を与え合う場合があります。
プログラム細胞死とは、多細胞生物において、細胞が遺伝子のプログラムに基づいて、計画的に自己破壊する仕組みのことです。
プログラム細胞死として有名なものは「アポトーシス」です。アポトーシスの場合は不要な細胞が縮み、剥がれ落ちるようにして死んでいきます。このように、従来のプログラム細胞死はどちらかと言うと炎症を起こさない細胞死であったのに対し、インフラマソーム活性化によるパイロトーシスでは、細胞膜に孔が形成されることで、細胞が膨張して破裂します。その結果、IL-1βやIL-18が細胞外に放出され、激しい炎症反応が起こります。