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感染症を重篤化させる特異的炎症の活性化機構と炎症記憶の解析およびその応用 (第1回)

旭川医科大学

Hideki Hara

インフラマソーム活性化による炎症やパイロトーシスは、体に有害ですか。

いいえ、いずれも本来は体を病原体から守るためのシステムと考えられています。

たとえば、炎症性サイトカインであるIL-1βには3型自然リンパ球などを中心とした「3型免疫」、IL-18にはNK細胞などを中心とした「1型免疫」をそれぞれ活性化させ、感染防御能力を高めるはたらきがあります。また、パイロトーシスも感染細胞を速やかに死滅させることで細胞内のアラーミン(傷ついた細胞から放出され、炎症応答を誘導するサイトカインの一種)を放出し、感染局所で異常が起こっていることを全身に伝達する作用が知られています。

発生のレベルでも、インフラマソームを介したパイロトーシスは重要なはたらきをしている。たとえば脳では、不要な神経細胞を計画的に死滅させることで、正常な脳神経ネットワークを形成している

問題は、インフラマソームによる炎症応答が、症状を重篤化させる場合があることです。私はこれまでの研究で、リステリアや黄色ブドウ球菌などのグラム陽性菌の細胞壁成分であるリポタイコ酸(LTA)が細胞内受容体NLRP6に結合し、インフラマソームを活性化させること、これによって分泌される炎症性サイトカインIL-18がこれらの菌の生体内における増殖を亢進させることで、感染病態の悪化を引き起こしていることを突き止めました。肺炎球菌やセレウス菌などに関しても同じメカニズムが報告されており、多くのグラム陽性菌に共通する病原機構と考えられます。

そのほか、新型コロナウイルス感染症でも、患者の体内でNLRP3インフラマソームが活性化することでIL-18産生が誘導され、感染病態が悪化することが報告されています。

インフラマソームによる炎症応答は、諸刃の剣なんですね。

場合によっては、その通りです。そこで本研究では、インフラマソームによる炎症応答が感染症をどのように重症化させるのかを、分子レベルで明らかにすることを目標としています。

病気やケガで炎症反応を経験すると、次に同様の刺激を受けた時に、より強力な反応が起こる場合があります。これにもインフラマソームが関わる場合があり「炎症記憶」と呼ばれています。そこで、感染症罹患に伴うインフラマソームの活性化と炎症記憶の関係性を明らかにし、次に同じような炎症を起こしたときに症状や病気にどのような影響を及ぼすのかについて調べています。

最終的には、既存の感染症医療のリスクやデメリットを克服した、新しい感染免疫療法の開発を目指します。

既存の感染症医療には、どのようなデメリットがあったのでしょうか。

これまで感染症医療は、主に抗生物質によって進められてきました。しかし、結核菌や黄色ブドウ球菌、肺炎球菌などの多剤耐性化が進行し、今世紀半ばには耐性菌による死者数が、がんによる死者数を超えると推測されています。

新薬やワクチンの開発が進められてはいますが、これまで同様、病原体を標的とした治療法では、耐性菌を生み出したり、抗原変異を引き起こしてしまうリスクがあります。

そこで私は「インフラマソームを介した病理的な炎症応答の活性化を阻害することで、病態の悪化を防ぎ、感染症を治療できるのではないか」と考えました。病原体を直接攻撃するのではなく、自然免疫応答を制御することで、薬剤耐性菌や遺伝子変異の頻度の高い病原体、新型ウイルスにも有効な治療法を開発できると見込んでいます。

インフラマソーム活性化阻害による感染症治療のイメージ

それでは、今回のご研究をどのように進められたのか、具体的に教えていただけますか。

準備研究から本格研究1年目にかけては、リステリアの主要病原因子であるリステリオシンO(LLO)が、どのようにインフラマソームを活性化し、病態を悪化させるのか、その分子メカニズムを調べました。これまでの研究で、 ASCの144番目のチロシン(ASC Y144)のリン酸化がインフラマソームの形成と病理的な炎症応答の活性化に必要であること、またcaspase-1の活性化の足場となるASC speck の形成を制御していることは、細胞レベルで明らかになっていました。しかし、リン酸化修飾がどのように引き起こされるのか、感染病態にどのように影響するのかは、詳しいメカニズムがわかっていなかったのです。

詳しく調べた結果、LLOが細胞膜の脂質ラフトと呼ばれる領域に集積し、LynとSykというキナーゼ(リン酸化酵素)によって、ASC Y144をリン酸化していることが明らかになりました。

次に、ASCのリン酸化経路を活性する能力を消失させたLLO変異株をマウスに感染させたところ、生体内での菌の増殖が低下し、病原性が激減しました。このことから、リステリアは病原因子LLOを産生することでASC Y144をリン酸化し、病理的なインフラマソーム応答を亢進して、感染病態を悪化させることがわかりました。

また、インフラマソーム応答がどのように制御されているのか、その仕組みを明らかにするために、インフラマソームを構成する関連分子が細胞内をどのように移動するのかを調べました。その結果、小胞体に局在することが報告されている病原体関連分子パターン(PAMPs)や損傷関連分子パターン(DAMPs)を認識するNLRP3が、ASC speckが形成される核近傍に移動し、ASC同様、凝集体を形成することを確認しました。

感染病態を重症化させるインフラマソーム応答の細胞内でのシグナル伝達のしくみ
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