HOME > 研究者 > 藤谷与士夫先生 > 亜鉛によるメタボとロコモの予防:亜鉛シグナルの理解による安心で安全な社会を目指して(第2回)

亜鉛は鉄の次に多い必須微量元素であり、私たち人間の健康維持に不可欠な物質であることが、近年の研究によって明らかになってきました。藤谷先生は生体内の亜鉛の移動を司る「亜鉛トランスポーターZip13」に着目し、脂肪細胞と骨格筋細胞への作用を解明することで、メタボリックシンドロームとロコモティブシンドロームの予防に繋がる新しい治療法の開発を目指しています。 

第2回のインタビューでは、骨格筋に対するZip13の作用や、新たに発見されたZip13の機能について教えていただきます。

まずは、第1回のおさらいからお願いします。

私は亜鉛を切り口とした糖尿病の研究を進める中で、亜鉛トランスポーターZip13の遺伝子欠損によって発症する「エーラス・ダンロス症候群」の症状に着目しました。Zip13を介した亜鉛シグナルの作用を解明することで、筋力低下や肥満を予防する治療法や新薬開発に繋がるのではないかと考えたのです。

課題1「どのように脂肪細胞のベージュ化を調節しているのか
課題2「骨格筋と骨軟骨等の運動器の発育と機能の維持に関わっているのか」
課題3「Zip13の亜鉛シグナルの分子メカニズムを解明する」

そこで、徳島文理大学の深田俊幸先生が以前作製された全身のZip13遺伝子が欠損したマウス(Zip13-KOマウス)を用いて、共同研究で骨格筋や脂肪細胞の様子を観察することにしました。すると、Zip13-KOマウスは野生型マウスと比較して明らかに筋力が弱く、皮下脂肪にはエネルギーを消費する褐色脂肪細胞が多く占めていることが確認できました。

さまざまな実験から、健常なZip13には脂肪細胞の褐色化(ベージュ化)を抑える働きがあることが示唆されました。Zip13-KOマウスは野生型マウスよりもエネルギー代謝が多く、太りにくい体質になっていると考えられます。

Zip13-KOマウスでは白色脂肪細胞のベージュ化が亢進することで、メタボ改善効果があることが明らかになった

メタボとロコモという異なる疾患のクロストークを標的とし、亜鉛シグナルの観点から明らかにするという、とても独創的なご研究です。亜鉛を対象とした研究はあまり聞かない気がしますが、珍しいのでしょうか。

ヒトゲノムにコードされるタンパク質のうち、全体の10%は亜鉛と結合するタンパク質であることがわかっています。また、近年の研究により、亜鉛は細胞や臓器の間を移動して生命現象を調節していることが明らかになりました。そのため現在はとても注目されており、国内外に亜鉛治療の研究会や学会(日本亜鉛栄養治療研究会、国際亜鉛生物学会)が存在します。現在、亜鉛に興味を持つ研究者や臨床家はどんどん増えている状態です。

先生は臨床医としても活動されていますが、実際に患者さんの亜鉛不足や症状を目にすることは、どれくらいあるのでしょうか。

亜鉛欠乏状態の患者さんは、現場にたくさんいらっしゃいます。とくに高齢の患者さんは亜鉛不足が原因で褥瘡ができたり、食欲が低下するなどの症状が現れます。そのため、皮膚科の領域では褥瘡の薬として「亜鉛軟膏」が昔からありました。また、亜鉛を経口投与することによって血中亜鉛濃度を上げることで、褥瘡の治りが早い、食欲が出る、精神状態が安定するといった効果があることもわかってきました。

20年前の亜鉛の研究は「亜鉛欠乏食を与えたらどうなるか」といった間接的な影響しか確認できなかった。技術の進化によって亜鉛トランスポーターが欠損した影響を直接確認できるようになったが、まだまだ未知の領域が多い
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