HOME > 研究者 > 藤谷与士夫先生 > 亜鉛によるメタボとロコモの予防:亜鉛シグナルの理解による安心で安全な社会を目指して(第1回)

超高齢化が進む日本では、介護問題が深刻化しています。身体活動が活発な青年期に比べて、中年期ではデスクワークの増加によって運動量の減少から肥満になり、さまざまな病気を発症するリスクが高まります。そして年齢を重ねるごとに活動量が減少し、自力移動が困難な要介護状態や、認知症、寝たきりになってしまいます。

健康を維持し、天寿を全うするまで安全・安心な生活を送るために、どのような医療アプローチがあるのか。群馬大学の生体調節研究所で、長年糖尿病のご研究をされている藤谷与士夫先生に、お話を伺いました。

先生は亜鉛を切り口に、糖尿病や代謝疾患に関するご研究をされているとお聞きしました。亜鉛と糖尿病は、どのような関係があるのでしょうか。

亜鉛はタンパク質と結合することで、物質の構造、あるいは集合体を維持する役割があります。そして血糖値を調節するインスリンは、膵β細胞内で生成されてから分泌されるまでの間は、分泌顆粒の中でインスリン6分子に亜鉛2分子が結合することによって、インスリンの6量体をつくって蓄えられています。この間、トランスポーターZnT8の働きによって、分泌顆粒の中にどんどん亜鉛が取り込まれて、インスリンと結合していきます。

食事などによって血糖値が上がると、インスリンは亜鉛とともに膵β細胞から放出されて、最初に肝臓に向かいます。空腹時は血糖値を維持するために肝臓が糖を出しているので、まずはそれを止めなくてはなりません。そうして肝臓で分解されなかったインスリンが、全身の細胞へと運ばれていくのです。

膵β細胞から分泌されたインスリンが亜鉛と結合していることは知られていましたが、その理由は不明でした。そこで、トランスポーターZnT8を持たないマウスを人工的に作成し、インスリンの量を調べました。すると、亜鉛と結合していないインスリンは肝臓で分解されやすくなり、全身に送られるインスリンの量が減ってしまい、血糖値が高いままになってしまいました。

亜鉛は物質を結合させるだけではなく、肝臓でのインスリン分解を抑制するというシグナル分子としての機能も有していたのです。

亜鉛は鉄の次に多い必須微量元素であり、成長促進や皮膚の恒常性維持、免疫機構などにおいて、亜鉛の生体内での多彩な作用が明らかになっている

亜鉛にそのような働きがあったとは、知りませんでした。肝臓以外の臓器にも、何らかの影響を与えているのでしょうか。

亜鉛は細胞に取り込まれたり、排出されたりして移動していますが、その移動は「亜鉛トランスポーター」を介して行われています。亜鉛トランスポーターは、哺乳類では2000年以降に同定され、さまざまな細胞の現象に広く関わっていることがわかってきました。

その一つである亜鉛トランスポーターZip13は、ゴルジ体の細胞膜に存在しており、ゴルジ体の内から外へ亜鉛を移動させる機能を持っています。このZip13が遺伝的に機能しない家系の人とマウスが、当時理研にいらした深田俊幸博士らにより報告されました。その人とマウスは、さまざまな結合組織に異常が生じて、皮膚の脆弱化、筋力の低下、皮下脂肪の菲薄化など共通の症状を示しますが、ヒトにおいては、手掌脊椎型のエーラス・ダンロス症候群という難病の原因になることが判明しました。

亜鉛が細胞内外を移動して仕事をすることを「亜鉛シグナル」と呼ぶ。この亜鉛シグナルの制御が破綻することで、さまざまな病態を引き起こすことが判明している

その、Zip13が機能しなくなった患者さんの脂肪細胞の量が減っているという報告があったため、我々は脂肪細胞におけるZip13の役割に興味を持ちました。

全身のZip13遺伝子が欠損したマウス(Zip13-KOマウス)を利用して皮下脂肪を詳しく調べたところ、エネルギーを蓄積する白色脂肪細胞ではなく、エネルギーを消費する褐色脂肪細胞に似たベージュ脂肪細胞が増えていることがわかりました。また、そのことを反映してZip13-KOマウスは全身の酸素消費量も増加しており、同じ餌を与えても野生型マウスより太りにくいことがわかりました。ごく簡単に言えば、Zip13-KOは「太りにくい体質」になっていたのです。また、筋力の低下も観察できました。

藤谷先生とその共同研究者の研究によって、Zip13を介した亜鉛シグナルが骨や骨格筋などの運動器と、脂肪細胞などの代謝調節臓器の発育や機能に重要な役割を果たしていることが明らかになってきた
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