そうです。ここで、今回の研究の目的についてご説明します。
日本人の平均寿命は伸びていますが、健康寿命(自立した生活を送れる期間)は伸びていません。このため、要介護や寝たきりの状態になってから寿命を迎えるまで約10年もの期間があり、介護問題が深刻化しています。天寿を全うするまで安全・安心に生きていくためにも、要介護状態になる要因はできるだけ排除しなければなりません。
その排除すべき要因の一つが、メタボリックシンドローム(メタボ)です。一般的に、中年になると体重が増えやすくなり、肥満になる傾向があります。肥満は動脈硬化から脳血管疾患を発症させ、片麻痺などの後遺症に繋がる可能性があります。また、糖尿病発症のリスクも高くなります。そして高齢になると、骨や関節、筋肉などの運動器が衰えて、日常生活におけるさまざまな動きや移動が困難になるロコモティブシンドローム(ロコモ)を発症しやすくなります。ロコモになると転倒リスクが高まり、骨折から車椅子生活や寝たきりになってしまう恐れがあります。つまり、ロコモとメタボの防止は、健康寿命を伸ばすために不可欠なのです。
先ほど述べたように、Zip13の機能不全がもたらすエーラス・ダンロス症候群では、皮下脂肪の菲薄化や筋力低下が起こります。つまりZip13の機能を解明することは、脂肪細胞減少や筋力低下メカニズムの解明、ひいてはメタボやロコモの防止に繋がるのではないかと考えたことが、本研究のキッカケです。
まず、脂肪細胞を解析したところ、野生型マウスの皮下脂肪は、ほぼエネルギーを蓄える「白色脂肪細胞」が占めていました。一方Zip13-KOマウスの皮下脂肪では「褐色脂肪細胞」に似たベージュ脂肪細胞が増えていました。褐色脂肪細胞はUCP1という特殊なタンパク質を有しており、熱を発生させてエネルギーを消費する脂肪細胞です。
次に、Zip13-KOマウスを用いて、野生型マウスとともにさまざまな筋力テストを実施したところ、いずれもZip13-KOマウスは筋力が顕著に低下していることが認められました。これらの実験から、Zip13 を介する亜鉛シグナルは、骨格筋分化に関わっていると考えられます。
フェンスに掴まっていられる時間を測定するテスト(左)では、Zip13-KOマウスの顕著な筋力低下が確認された
はい。成人は筋肉を震わせて体熱を生成していますが、乳幼児はまだ筋肉が少ないため、肩甲骨や腎臓の周囲にある褐色脂肪細胞がエネルギーを熱に変えることにより、体温を一定に保っています。これは成長とともに消失すると考えられていましたが、画像診断技術の等の向上により、成人の皮下脂肪にも褐色脂肪細胞に似た細胞(ベージュ脂肪細胞)が存在することがわかりました。暖かい部屋から寒い部屋に移動したとき、首の深部や背骨付近でブドウ糖をどんどん取り込んで発熱する細胞がいることが確認されたのです。
他にも、Zip13-KOマウスと野生型マウスの酸素消費量を調べたところ、マウスは夜行性ですが、昼夜問わずZip13-KOマウスのほうが酸素消費量が多いという結果が出ました。
マウスの行動解析を行う装置。赤外線で24時間の動きを捉える。Zip13-KOマウスは筋力が低下して疲れやすいのか、行動量が減った
そうです。高脂肪量の食料を与えたところ、野生型マウスは著しい体重増加が見られましたが、Zip13-KOマウスの体重の増加は抑えられていました。また、Zip13-KOマウスの白色脂肪組織では、褐色脂肪細胞に特徴的な遺伝子群の発現が上がっていることも突き止めました。
白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞は、どちらも「前駆脂肪細胞」から分化したものです。Zip13の機能が健常であれば前駆脂肪細胞の多くは白色脂肪細胞に誘導され、Zip13が欠損すれば褐色脂肪細胞へと誘導(ベージュ化)されるということが示唆されたため、「Zip13を介した亜鉛シグナルは、脂肪細胞のベージュ化を抑制している」と考えられます。つまり、Zip13の機能を阻害する物質が見つかれば、肥満を予防する新薬開発に繋がる可能性があるのです。
ベージュ脂肪細胞の増加は、すでに白色脂肪細胞となって蓄えられているエネルギーも消費できるため、高い肥満防止効果が期待できる