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羽音をたてずに自在に飛翔する超小型飛行機の実現のための蝶の羽ばたき飛翔の解明(第1回)

京都大学

Kei Senda

つまりアサギマダラなどの蝶は、翅長の割に、ゆっくりと羽ばたくということでしょうか。

そうです。これは進化の過程で獲得された特性と考えられます。

下図は、チョウ目の主な翅の形状タイプにおける可能な進化と羽ばたき周波数を図解したものです。古い時代から生きている蝶や、他の進化の過程をたどった蝶(図内(k)(m)など)が全て30〜70ヘルツで羽ばたいているのに対し、アサギマダラ(図内(n))などの一部の蝶だけが、10ヘルツ以下で羽ばたくようになったことがわかります。

チョウ目の主な翅の形状タイプにおける可能な進化と羽ばたき周波数

アサギマダラなどの蝶は低い周波数で、ゆっくりと羽ばたく方向に進化してきた。その進化は、どのような効果をもたらしたのですか。

昆虫が羽ばたきの際に翅を上下動させると、翅の後方に「逆カルマン渦列」と呼ばれる大域的な渦構造ができることがあります。アサギマダラの翅長と飛行速度であれば、数ヘルツ程度の低い羽ばたき周波数で逆カルマン渦列ができますが、これよりも一桁高い周波数ですと、逆カルマン渦列ができにくくなるのです。

そこで、渦の役割について検討するために、数値シミュレーションを実施しました。その結果、渦が流れを誘導して蝶の翅に影響を与え、蝶はそれにより姿勢や飛行を安定的に制御している可能性が示唆されました。現在は、そのメカニズムを研究しており、間もなく解明できると思います。

つまり、渦があるからこそ、蝶は安定した飛翔を実現できるのですね。

その通りです。アサギマダラなどの蝶は、この渦を利用して飛翔するために、進化の過程で羽ばたき周波数を低下させたと考えています。

なお、これまで蝶の羽ばたき飛翔について考える際は、脳神経が身体に出す指示や、周囲の流れ場を作る身体の動作、すなわち、トップダウンの制御が注目されてきました。しかし、流れ場にある渦が身体の制御に影響することから、蝶の羽ばたき飛翔は「制御(脳神経系)」-「身体(翅/筋骨格)」-「環境(流れ場)」の各サブ・システム間に生じる相互作用(ここでは特に翅と流場)によって成立していることが明らかになりました。

制御-身体-環境の各サブ・システム間で相互作用が起こっており、蝶はこの相互作用を利用して飛翔する

制御-身体-環境の各システム間で生じる作用は、一方通行ではなかったということですね。

はい。これはパラダイムシフトとも言える、重要な発見です。

というのも、身体-制御-環境の各サブ・システム間で相互作用が生じて制御が安定化するだけでなく、さらに、蝶はその相互作用を変えて、高いマヌーバビリティを実現していると考えられるからです。

このように、各要素間の相互作用を動的に変えて全体の機能を変化させることを、私は「動的システム化」と命名しました。本研究では、蝶の飛翔における動的システム化の方法の解明に取り組むとともに、「動的システム化の科学」という新たな研究領域の創出を目指しています。

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