潜在的には沢山いたと思いますが、研究課題のメインに掲げなくなったという感じでしょうか。第五世代コンピュータのプロジェクトが終結して以降、論理式を用いた人工知能の研究は急速に廃れてしまい、人工知能分野は「冬の時代」に突入しました。同じころに教育のICT化の推進が始まり、私も2002年からは名古屋大学に新設される法科大学院の教育支援システム作りに携わることになりました。
このとき開発したもののひとつに、Web上で民事訴訟のロールプレイを行うシステムがあります。生徒は弁護士として架空の弁護士事務所に所属し、依頼者から法的相談を受けて、必要な証拠や証言を集めて訴状や答弁書を作成し、模擬法廷で弁論を行う、というものです。これらをすべてWeb上で行えるようにしたシステムです。
原告と被告、双方の関係者の詳細なシナリオ設定を用意し、どこに証拠があってどうすれば入手できるのか、裁判資料になるか否か等もあらかじめ決めておき、教員はそれらの設定のもと各登場人物になりきって、Web上で弁護士役の生徒からの質問に随時答えます。
決勝戦の模擬法廷はテレビ会議で実施しますが、その前段階として、Web上でテキストによる弁論を徹底的に行います。口頭で議論するよりも相手の主張を冷静に分析して反論することができるため、学生たちの論理的思考が大きく成長すると好評で、開発から10年以上経った今でも大学の教育現場で実際に活用されています。
近年、再び人工知能分野に社会的関心が集まり、私を含めた複数の研究者が裁判に関わるAI研究に取り組んでいますが、司法の現場で直接役立つような研究成果はまだ生まれていません。
正しい司法判断を下すためには事実だけではなく、社会的な解釈と証明が必要です。仮に「刃物で腹部を刺し、相手を死亡させた」という事実があっても、それが医師による医療行為の結果や、戦闘地域の出来事であれば、殺人罪は適用されません。また、殺意の有無や正当防衛の可能性なども検証され、判断材料とされます。このように、個々の状況や動機に応じて判決が変化するため、現代のAI技術をもってしてもその判断は難しいのです。
しかし同じ法律分野であっても、立法分野であればアプローチは全く異なります。法令を作成する際には、明確な目的や意図が存在するからです。