HOME > 研究者 > 角田篤泰先生 > 法令工学に基づく法令作成・検証の基盤構築(第1回)

国が定めた法律や、自治体ごとに作成された条例・規則などの「法令」は、私たちの権利や財産を守り、社会生活の安全・安心を保つために、なくてはならない存在です。しかし自治体の条例案の作成や改正作業は、法律の専門家が関わることのないまま、地方自治体の行政職員の手作業によって行われるケースがほとんどであり、条例作成の担当者は大きな負担を強いられています。

そのため中央大学の角田篤泰先生は、法令づくりに工学的手法を導入するための研究を、長年にわたり行ってきました。現状の課題を解決する法令作成・検証システムについて、お話を伺います。

角田先生は、法学と工学という二つの専門分野をお持ちですが、その経緯を教えていただけますか。

学生時代に、法律とコンピュータ、両方に憧れを持っていたからです。

日本は法治国家ですから、何かトラブルに巻き込まれても「法律を知っていれば強い武器になる」という考えがありました。また、私が高校生になった頃には一般企業がコンピュータを導入し始めるなど、世間に広く認知されるようになってきたため、最先端の技術に強く興味を惹かれたのです。

そこで法律とコンピュータを同時に学べる環境を探したところ、明治学院大学の法学部に、日本で初めて“法律人工知能”を提唱した吉野一先生がいることがわかりました。私は明治学院大学に入学し、吉野先生のもとで法律学を学びながら『法律エキスパートシステム』の開発研究に携わりました。

法律エキスパートシステムとは、何ですか。

当時、通商産業省は複数のAI用コンピュータを繋げて並列処理させることで、知識情報をもとに推論を実行する『第五世代コンピュータ』の開発研究プロジェクトを立ち上げていました。知識情報と論理式プログラム、三段論法によって、コンピュータが人間のような高度な推論を実行できると考えられていたのです。

法律エキスパートシステムはこの方式を法律分野に応用したものであり、法的知識をベースに「裁判官や弁護士などの専門家が行う法的推論をコンピュータが行う」ものです。ただし、数学のように解答が明確なものでなければ推論が上手くいかない、十分な論理式を準備できない、自然言語処理が困難であるなどの課題がありました。

プログラミング技術は独学で身につけたのですか。

はい。卒業後は富士通系のソフトウェア開発企業に就職して、そこでも第五世代コンピュータに関わるシステム開発に携わりました。並列に繋げた各コンピュータのCPUや通信の状態をリアルタイムで把握するシステムの開発では、目に見える形にするため、コンピュータ・グラフィックスの技術も身につけました。しかし、研究者になるためには、やはり専門教育を受ける必要があると痛切に感じ、東京工業大学大学院に入学したのです。

初めて作ったソフトは、学生時代のバイト先で、業務効率化を目的とした表計算ソフト。
その頃に「現場の課題解決のためにシステムを作る」というプログラマーとしての方向性が確立された

大学院では、どのような研究をされていたのですか。

類推の機械化の研究で著名だった原口誠先生のご指導のもとで、類推をAI技術で実現するための理論と方法を学び、法律問題に活かす研究を進めていました。

たとえば、民法では「この事案に適用可能な法規が存在しない」ときに「最も類似した法規を適用する」という類推適用をすることがあります。ただし、その類推適用が正しいことを数理論理学的に証明する枠組みはありません。その枠組みとコンピュータ上での実装を目指しました。

「類推する」とは、類似性を手掛かりに推論することで、一つの上位概念を作ることが要です。たとえば「哺乳類」に属するライオンと「鳥類」に属するカラスの上位概念は「動物」です。つまり、ライオンとカラスは同じ「動物」であるという点で類似している、と言えます。すると、動物で成り立つ「老いる」という性質は両方で成り立ちますので、「ライオンは老いるから、似ているカラスも老いる」という類推を行っても論理的に正しいものとなります。背景には両方とも三段論法で「動物」概念を通じて「老いる」と結論できる点が肝です。

そこで私は、民法分野における法的な文脈に応じて動的に類似とみなされる事物間に新たな上位概念を仮説的に自動作成することで、その上位概念を通じた三段論法によって、ある事案に対する類推適用の正当性をコンピュータが論理的にシミュレートするシステムの開発に取り組みました。

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