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生活習慣病発症に関与する神経回路の機能シフトとエピゲノム機構の解明(第2回)

東北大学

Juro Sakai

4年間の助成期間があったからこそ、脂肪細胞と神経系を広く深く研究することが叶ったのですね。今後の展望については、いかがでしょうか。

当初は神経と脂肪だけではなく、骨や筋肉のエピゲノムも視野に入れていました。今は神経と脂肪に注力していますが、骨の研究もコツコツと進めており、このまま続けていく所存です。

ただし、スピードばかりを追い求めるつもりはありません。研究者は「誰よりも早く発見して世に発表する」ことを求めがちですが、私が重視しているのは、「誰よりも深い真実を見つける」ことです。最初に発表したとしても、その後の研究によって間違いだったことが明らかになるような浅い発表には、大した価値はありません。何年経過しても色褪せず、新たな発見が次々とされる中でも「大事なこと」として認められるような成果を、常に目指しています。

研究をどれほど深掘りできるか、何十年経っても役に立つ真実であるかどうかを、常に意識している

留学中に発表された先生の論文が、20年後にハイライトされたとお聞きしました。

はい。留学中に体細胞遺伝子学と発現クローニング法を用いて、転写因子SREBPの活性化機構と、活性化のためのタンパク質切断酵素の発見に成功しました。この論文は、ありがたいことに2014年、Cell誌刊行40周年記念「ランドマークとなった論文25報」の1報に選んでいただき、解説付きで紹介されました。

SREBPの活性化機構は医学の教科書にも掲載されたため、毎年、医学部の学生に特別講義をさせてもらっています。単なる解説ではなく、どのように発見したのか、その経緯についても詳しく伝えています。この発見は、何年経過しても色褪せず、新たな発見が次々とされる中でも「大事なこと」として認められるような成果の具体例かと思います。

研究者を目指す学生にとって、それはとても貴重なお話だと思います。

私が研究者として大事にしていることは、深堀りをすることと、もう一つあります。

サイエンティストとは未知の領域を探索し、一つひとつ解明して積み上げていき、新しい絵を描いていくことで見ている者に「すごい」「かっこいい」というワクワク感を与えるアーティストであるべきだ、という信条です。私はこのことをGoldstein & Brown 博士の研究室で学んで以来、ずっと心に刻みつけています。

アートであるためには、誰かが行った真似事ではなく、独創性や創造性に溢れていなければなりません。そのため私は、他の研究者と同じ路線は決して歩まないと決めています。

他の誰もやっていないことの探究は他者の理解を得ることが難しく、さまざまな面で困難を伴います。私はこの一般研究助成に採択されたおかげで、その困難を乗り越えて深掘りしていくことができました。自身の知識と技術が広がり、他分野の研究者とのネットワークが生まれて新しい研究体制が構築された、本当に充実した4年間でした。

研究成果を報告する機会が毎年あったため、頭の中で散らかっていた事柄を定期的にまとめることができ、常に緊張感を持って取り組むことができた

エピゲノム研究の、まだ誰も解明していない真っ白な領域で次々と新たな発見をして、見たこともないアートを描いていく。先生のご研究は、まさにそのようなイメージでした。生活習慣病の新しい予防法や治療法が開発され、人々がいつまでも健康に過ごせる社会が訪れることを、心から願っています。長時間のインタビューにお付き合いいただき、ありがとうございました。

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