HOME > 研究者 > 大月敏雄先生 > 住宅内移動時転倒のヒトと空間双方からのリスク評価標準化と予防サポートアプリ開発(第1回)

高齢者の転倒は骨折を伴うことが多く、要介護状態になる要因の1つとなっています。また、転倒の大半が住宅で発生していることから、超高齢社会の日本においては住宅内移動空間での転倒リスクの低減が急務とされています。

そこで、「ヒト」(高齢者の身体)と「空間」(住環境)を同時に考慮した転倒リスク評価法の標準化を通して、転倒予防の観点から必要かつ適切なサポートを提案するアプリの開発に取り組んでおられる、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻の大月敏雄先生にお話を伺いました。

まず、先生が建築学を志したきっかけについて教えてください。

私は子どもの頃から社会に貢献したい、特に難民やスラム街の住民など、住まいの問題に悩む人々を助けたい、と考えていました。そこで、大学では建築学を専攻して、住宅問題やスラムの居住環境改善、住み手が快適に暮らせる住宅設計について研究するようになりました。その中で、住民がいかに居住環境を住みこなしているかに関心を持ち、「住まい方調査」として住民にインタビューを行うなどしていました。

建築家が「理想」と考える環境が住民にとって快適とは限らない。住宅設計は、住民の「現実」を把握したうえで実施する必要がある

つまり、先生は「箱物」ではなく、「生活の場」としての住宅に関心をお持ちだったのですね。

はい。住宅を通して、人間の生態(エコロジー)や行動を明らかにすることを目指していたのです。

私が調査を始めた学生の頃は、その家の主婦である40代の女性が主な回答者でした。しかし、調査を長く続けるにつれ、回答者の高齢化が進みました。その結果、住まい方調査が、そのまま高齢者の調査・研究につながった次第です。

さらにその後、2006年4月に、東京大学にて超高齢社会の諸課題に産学官民・分野横断で取り組む「ジェロントロジー寄附研究部門」が、セコム株式会社などの支援により設置されました(※2020年4月に「高齢社会総合研究機構」に改組)。そのメンバーにお声がけいただき、建築学の見地から高齢者と住まいの関係の研究に取り組むようになりました。

その中でも、なぜ住宅内の転倒に着目されたのでしょうか。

高齢者は自宅で過ごす時間が他の世代に比べて長いため、日常生活における転倒の多くは、住宅などで発生しています。

しかし、施設内や屋外とは異なり、住宅内で一人のときに転倒した場合は、なぜ転倒したのかが本人にもわからないため、詳細が不明であることが多いのです。そのうえ、建築分野では、住宅内の転倒リスクに関して標準化されたガイドラインは存在しません。

そのため、安全安心な社会を作るためには、住宅内における高齢者の転倒の要因を明らかにしたうえで、転倒リスクを正確に評価し、予防策を提示する必要があると考え、研究を進めてきました。

高齢者が転倒して大腿骨を骨折すると、治療とリハビリのため最長4か月ほど入院生活を送ることになる。その間に認知機能が低下したり、退院後に介護施設への入所を余儀なくされたりする場合も多い
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