HOME > 研究者 > 中島友紀先生 >「健康寿命の促進を目指したロコモ・フレイル発症の機構解明とその制御法の開発」(第1回)

高齢化に伴う運動機能の脆弱性(フレイル)の進行は、要介護から寝たきり状態、そして死亡へと転帰するため、超高齢化社会を迎える日本にとって重要な社会問題です。運動器の主な構成要素である骨と筋肉は、動的な恒常性を維持しながら総合的な運動機能を実現していますが、これまで骨と筋肉はそれぞれが別の学問体系として研究が進められてきました。

そこで今回は、健康寿命促進のためフレイル機構・制御法の研究を進めている、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科分子情報伝達学分野の中島友紀先生に、お話を伺いました。

まずは先生のご研究の専門分野について、お教えください。

マウスジェネティクス(病因解明のため特定の遺伝子を欠損させたり、強制的に発現させる遺伝子改変を行ったマウス)を用いた、生体レベルでの骨生物学です。骨は常に作り替えられていて、大人であれば数年で全身の骨が再構築されることを、ご存知でしょうか。これは私たちの骨の中に存在する、古くなった骨を壊す「破骨細胞」と、新たな骨を作る「骨芽細胞」の働きによるものです。

骨が作り替えられる再構築(骨リモデリング)のペースは、破骨細胞・骨芽細胞と繋がっている「骨細胞」によって指示されていると考えられています。骨細胞には、骨にかかる力学的な環境変化やホルモンなどの刺激を感知する働きがあり、その有無やその程度によって、リモデリングのペースを決定しています。この細胞間ネットワークが、骨の恒常性を制御しているのです。

近年、この骨破壊と骨新生のバランスの崩壊が、様々な骨疾患に繋がっていることがわかってきました。さらに、骨が産生する分子による、遠隔的な腎臓のミネラル代謝や肥満・糖代謝の制御、そして、食欲や脳機能への関与も近年見出されています。このため骨を構成する細胞の機能を研究し、骨の恒常性の維持機構と破綻のメカニズムを理解することで、骨疾患や全身性疾患に対する革新的な治療戦略を確立できると考えています。

骨の再構築(リモデリング)概略図

骨疾患と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、骨粗鬆症です。高齢者に多く、寝たきりの原因になる可能性が高くなるそうですが……。

そうです。骨粗鬆症は老化のひとつと考えられがちですが、骨の病気です。骨が極めて脆くなるため、転倒時はもちろん、勢いよく咳をするだけで骨折することがあります。現在、要介護状態になる原因の第1位は脳血管障害ですが、骨粗鬆症の患者が大腿骨や椎体(脊椎)を骨折したり、関節疾患に罹患した場合も、同じくらいの割合で要介護状態になることが明らかになっています。

ヒトの運動機能を実現する主な構成要素は骨と筋肉であり、その組織量は運動などによる力学的負担で増加します。そのため寝たきりの状態になると、骨と筋肉の機能は急速に低下します。こうした運動機能の低下・破綻状態を「ロコモ・フレイル」といいます。ロコモ・フレイルは自立生活の障害となるだけでなく、生命予後(治療経過による生命維持の予測)を悪化させ、健康寿命を短くするため、超高齢化社会を迎えつつある現在、極めて重大な社会問題と言えるでしょう。

運動機能の低下が、要介護状態になる最大の要因。超高齢化社会を迎える日本において、ロコモ・フレイルの防止は喫緊の課題である
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