HOME > 研究者 > 近藤隆先生 > ゲノム変動に対する経世代交代による生存適応の機構解析(第1回)

ゲノム変化に起因する疾病は、その形質発現(発症)の確率や、遺伝子の伝達比率がメンデルの遺伝の法則に従わないケースが多く知られています。しかしほとんどの場合において、そのメカニズムは解明されておらず、発症の抑制や予防は困難です。

メンデルの法則から逸脱した遺伝はなぜ起こるのか。染色体の高次構造がゲノムの遺伝と発現をつかさどっていることを突き止め、ゲノム変化に対する生物の適応メカニズムの解明に取り組んでおられる国立研究開発法人理化学研究所の近藤隆先生にお話を伺いました。

近藤先生が生命科学分野の研究者になられた経緯を教えていただけますか。

学生時代は農芸化学を専攻し、微生物の研究をしていました。卒業後、化学工業会社に就職して洗濯用の酵素やサプリメント用のアミノ酸の開発に携わっていたのですが、動物に関わる研究をしたいという思いが捨てきれず、退職して、医学系大学院に入学しました。

生物の形がどのようにできていくかが一番面白いと感じていたので、発生のプロセスを研究テーマに据え、遺伝子の発現を制御するメカニズムの解明に取り組むことにしたのです。

当時、遺伝子の発現機構はどの程度明らかになっていたのですか。

染色体の中に「エンハンサー」という遺伝子を作る命令をする場所と、「プロモーター」という転写を開始させる場所があることが分かり始めた頃でした。そして、エンハンサーはどの距離からでもプロモーターに作用できる、という非常に単純な見方がなされていましたが、私はその説明に疑問を感じていました。

遺伝子の発現を開始するためには、エンハンサーとプロモーターがコンタクトする必要があります。ところが両者は意外に遠く、場合によっては1メガベース(※1ベースはDNA中の塩基1つ分の長さを表す単位)ほど離れていることもあります。これらが適切なタイミングで動くわけですから、エンハンサーとプロモーターとの距離を制御する仕組みがあるとしか思えませんでした。そこで、染色体の構造に由来するメカニズムがきっとあるはずだと思って研究を進めるうちに、染色体の高次構造に行きあたりました。

大学院生だった当時、染色体構造と遺伝子発現調節は、一般的にその関連性について考えられていなかったため、それをテーマにしていたのは20人近い研究室の中でも自分一人だけ。自分の志したテーマを追求することに理解を示してくれた教授にはとても感謝している

染色体というと糸状のイメージがありますが、その高次構造とは、どのようなものですか。

簡単には、「染色体の折りたたまれ方」と言えるでしょう。人間の染色体は46本あって、それらを繋ぎ合わせると2mほどにもなります。この合計2mの糸が、直径わずか5μmの核に収められているのです。それがランダムに押し込められているわけではなくて、おそらくパッケージには規則があるだろうと考えました。なぜなら、遺伝子の発現は厳密に決められていて、決まった遺伝子が正確に動かないと、組織を正常に作ることができないためです。

染色体の高次構造のイメージ。遺伝子の正常な発現のためには、エンハンサーとプロモーターの組み合わせと位置関係をコントロールすることが必要
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