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アンジュレータ型潮流発電機の開発(第2回)

東京海洋大学

Tetsuya Ida

先生は元々、海洋開発の分野に関心がおありだったのですか。

私自身は海そのものより、機械や電子プログラムの開発といった「ものづくり」に興味がありました。電子回路を中心に、興味のあるトピックに関しては、大学入学前から受験勉強そっちのけで勉強するくらい、のめり込んでいましたね。大学では専門性の高い講義がとても面白くて、夢中で学んだ記憶があります。

大学院を卒業した後は、「外で修行して一人前になりなさい」という恩師の教えに共感して、理化学研究所で量子コンピュータに関する基礎研究をしていた時期もあります。その後、在籍していた研究室の解体に伴い、広島商船高等専門学校の電子制御工学科の教員となりました。

ものづくりのための装置がところ狭しと並ぶ、現在の研究室。研究室内で加工できるパーツは手作りすることが多い

広島商船高等専門学校ではどのようなご経験をされましたか。

その頃は授業が主体で、学生を指導しながら、学生と共に細々と研究を続けていました。大学の一般的な研究室に比べると設備は脆弱で実験室も非常に狭く、その上クラブの引率と寮の当直まであります。研究者として恵まれた環境とはとても言えませんが、それでも何とか研究の時間を確保し、指導学生の卒業研究に関しては、国際会議で出せるレベルのクオリティを保持していました。

また当時から、海洋大学の研究グループとは共同研究をしていました。テーマは超伝導を利用した小型で高出力のモーターの開発で、私の担当は主に計測系でした。ほかにも、パルス電流を瞬間的に流して強力な磁石を作る技術を開発したり、実際にできた磁石内部の磁場を測定するセンサーを開発したり、新しい技術を生み出すことに力を入れてきました。

積み上げてきたノウハウを生かし、優れた分解能を持つ磁気センサーを開発。ものづくりへの情熱は尽きない

商船高等専門学校の先生をされたことは、海洋開発を研究テーマに据えるきっかけになりましたか。

それは大いにあります。今でこそ海洋大学の教員として海洋開発を行っていますが、具体的なアプローチを考え始めたのは商船高専に勤務してからです。地元の方と交流する機会が多かったので、地域の方々が何に困っているかを知り、そこから海洋開発に目が向きました。

広島商船高専は、瀬戸内海に位置する大崎上島にあります。島には火力発電所がありますが、これは中国地方における電力需給の調整用で、島内でまかなう電力も飲料水も本土から送っており、本土側にライフラインを依存しています。地震の際に送水パイプが破断して1ヶ月間上水道が止まったこともあって、本土と繋がっていないと生活できないという不安があるのです。

この島に限らず、災害の際に孤立が危惧される島や臨海部はたくさんあります。本プロジェクトで目指す潮流発電機は、そのような地域に設置することで、人々が安心して生活できるようにすることも目的の一つです。あえて小型の発電機を提案したのはそのためです。

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