「社会性昆虫における巣仲間識別システム:<超個体の免疫系>としての理解」

分離1年後、巣仲間識別行動の強化傾向を確認

研究1年目は、巣を人為的に2つに分けて飼育した後、シャーレ内でそれぞれのワーカーを対峙させ、経過日数に伴う行動の変化を確認しました。その結果、巣わかれから時間が経つごとにアンテネーション行動(触角で相手に触れて、体表の匂いを確認する行動)や、噛みつきや針刺しなどの攻撃的な行動が発生する頻度が高くなりました。

ただし、攻撃行動の頻度は個体差が大きく、たとえば同じ個体で10回実験したとき、7回は相手を攻撃したが3回は攻撃しないなど、曖昧な結果が目立ちました。遺伝子発現など分子基盤の解明には、明確な行動の差があることが前提となるので、攻撃性に基づいたアプローチを進めることは困難でした。

フタモンヒメアリは琉球列島に広く生息しているため、与那国島に足を運んで採集してきた。木の根元付近に落ちている枯枝から見つかることが多い

巣仲間識別システム萌芽期の行動変容を、動画解析で明らかにする

そこで2年目は、巣仲間識別が発生する以前の段階に着目しました。同じようにヒメアリの巣を人為的に2つに分割し、今度は近距離に配置して、同じ餌場から餌を取って巣に戻れる環境を設定。そうして、巣から出たワーカーが餌場にたどり着いた後、出てきた巣に戻るのか、もう一つの巣に入るのかを、撮影した動画から解析することにしたのです。

動画解析は別の共同研究で用いている技術ですが、うまくいけば撮影した動画データから任意の個体を検出し、巣から出て戻るまでの軌跡をトラッキング解析で確認できるはずです。この方法により、巣わかれしたコロニーの各々のワーカーが「帰属認識」を持つに至る過程を追跡できると考えています。

並行して、フタモンヒメアリ・キイロヒメアリのゲノム解析と、女王とワーカーの腸内細菌の解析も進めています。前者は今後の研究に向けて基礎情報を揃えておくため、後者は巣仲間識別システムと細菌叢の関与を明らかにするためです。

現時点では、キイロヒメアリにスピロプラズマというバクテリアの優占を確認できました。スピロプラズマは一部の昆虫に対して「オスの宿主を殺す」という性質があるため、単為生殖種であるキイロヒメアリでどのような性質を示すのか、行動変容とともに明らかにしたいと思っています。

キイロヒメアリにおける特徴的細菌叢を発見。大多数のサンプルでグラム陽性細菌の一種スピロプラズマがリードの大部分を占めた

今までにない刺激的なディスカッションから、新しい視点や方法、方向性を得た

これまで医学系の研究者と交流する機会がなかったため、この挑戦的研究助成に採択され、選考委員の先生方からメンタリングで貴重なご意見を頂戴できることが、とても有難いと思っています。とくに桜田一洋先生からは、新しいアイデアや進むべき方向性などについて多くのアドバイスをいただき、非常に刺激を受けています。おかげさまで、より幅広い視点と方法で研究を遂行できるようになりました。

それだけではありません。申請時とは違う手法や内容へシフトについても「一定の成果を出すことのみにこだわるのではなく、挑戦したいと思える新しいテーマを助成期間中に見つけてほしい」というお言葉をいただき、とても励まされました。

昆虫など野外の生物を扱う研究が採択されることは珍しいそうですが、私と同じ領域の研究者にもどんどんこの制度のことを伝えて、分野を超えた繋がりが広がっていくことを期待したいです。

アリは行列を作って集団採餌する。その行動を模倣するロボットの共同開発も10年以上続けている。どのような研究であれ、役立つときが来るというのが持論