幼いころから父親が天体観測や化石採取など、自然の中に連れて行ってくれることが多かったので、昆虫のことはすぐに好きになりました。小学生時代の夏休みの自由研究は6年間ずっと昆虫採集でしたし、地元の岡山県倉敷市には自然史博物館があったため、中学・高校時代は土曜日の半日授業が終わると必ず足を運び、夕方まで収蔵庫の標本を眺めて過ごしていました。学芸員さんがいろいろな話を聞かせてくれたり、休日の博物館の企画に参加したりしていたので、自然と知識が増えて、交友関係も広がっていきました。
アリの研究を始めたのは、大学院に入ってからです。アリやミツバチなど群れで暮らす社会性昆虫は、繁殖するのは女王のみ、それ以外は群れのために働くという極端な分業制によって、コロニーが形成されています。この「自分では繁殖しない」という点が生物として極めて不思議な特性で、興味をそそられました。
アリの中でもキイロヒメアリとフタモンヒメアリは、オスが存在せず、メスだけで単為生殖する珍しい種です。遺伝子の混ざり合いが起こらないため、巣の中の個体は遺伝的にクローンということになります。繁殖が進めば巣の密度が高くなり、自然と「巣わかれ」が起こるのですが、分離後のコロニーは同じ遺伝子であるにも関わらず、徐々に異なるアイデンティティを確立していきます。
社会性昆虫の特徴のひとつに、異なる巣の個体同士が示す、強い敵対性があります。たとえば、ワーカー(働きアリ)が他の巣に入ろうとすれば、そのコロニーのワーカーに一斉に攻撃され、追い出されるか殺されるでしょう。
この行動は、巣わかれした後のワーカー同士でも観察できます。数カ月で世代交代するものの、基本的にはほぼ同じ遺伝子を持っているはずなので、コロニーのアイデンティティ確立は、何らかの後天的な変化によるものと考えられます。
社会性昆虫の「繁殖する個体・繁殖しない個体」と、多細胞生物の「生殖細胞・体細胞」という分化システム。巣仲間を厳しく識別する現象と、生体に他者の細胞が移植されたときの激しい拒絶反応。このように階層を超えた共通性に着目し、社会性昆虫のコロニーをひとつの自己を有する超個体と捉えたとき、「巣仲間識別システム」への理解は、多細胞生物の自己・非自己の識別を担う「免疫系」への理解に繋がるのではないか。そう考えたことが、本研究の出発点です。
巣仲間識別システムは解明されていない部分が多いのですが、遺伝要因と環境要因の複雑な相互作用によるものと考えられています。そこで、同じ遺伝子を持つ単為生殖のフタモンヒメアリ・キイロヒメアリを対象に、巣わかれしたコロニーが新たなアイデンティティを獲得するまでの継時変化を追うとともに、巣仲間識別が生じる環境要因を突き止め、その基盤を遺伝子発現レベルで明らかにすることを目的としました。