自閉症は、コミュニケーション障害と、物事への強い固執や繰り返し行動という、2つの項目が診断基準となる障害の総称です。現在、およそ36人に1人が自閉症と言われており、決して珍しい病気ではありません。しかし、詳しい発症メカニズムは未だ不明で、治療法も確立されていません。
自閉症の原因候補遺伝子は複数報告されています。また、母親の妊娠中の環境といった遺伝子以外の要因も考えられており、一くくりに自閉症といってもその原因は様々です。
私たちが研究しているCHD8は、原因候補遺伝子のなかでももっとも変異の頻度が高い遺伝子として同定されています。CHD8ヘテロ変異を持つ自閉症患者は、自閉症の診断基準となる先述の2つの症状に加えて、巨頭症や不安障害、注意力に問題があるなど、複数の共通した症状を示すことが報告されています。
「CHD8が自閉症の原因候補遺伝子である」という最初の報告がされた時点で、私たちの研究グループはすでにCHD8ヘテロ欠損マウスを有していました。それまではマウスの行動には特に着目していなかったのですが、報告を受けてこのマウスが自閉症のモデルマウスになるのではないかと考え、自閉症を特徴づける行動が見られるかを調べました。
すると、不安障害、社会性の異常、注意力の異常や固執、そして巨頭症など、ヒトの自閉症におけるさまざまな症状が確認されたのです。このCHD8ヘテロ欠損マウスを自閉症モデルマウスとして報告したことが、私たちの自閉症研究のスタートでした。

CHD8ヘテロ欠損マウスはCHD8ヘテロ変異型の自閉症患者における多くの症状を再現することが判明し、このマウスを自閉症モデルマウスとして報告した
行動実験の一例として、注意力を測るテストをご紹介しましょう。マウスに突然大きな音を聞かせると、びっくりします。しかし、先に小さな音を聞かせてから大きな音を聞かせると、それほど驚きません。そこで「あらかじめ小さな音を聞かせるかどうかで、大きな音に対して驚く反応がどのくらい変化するか」という比較が、注意力の検査として使われています。
CHD8ヘテロ欠損マウスの特徴として、正常なマウスに比べてそもそも驚く反応が少し鈍いことが挙げられます。さらに、先に小さな音を聞かせておいても、大きな音への反応があまり変化しませんでした。つまり、注意力が欠如しているために小さな音をちゃんと聞いていない、と評価できます。
これらのマウスの行動がヒトの自閉症患者の症状にどのように対応しているのかを正確に理解することは難しいのですが、モデル動物としてマウスを使うことには多くのメリットがあります。一番の利点は、同じ遺伝子系統が維持されているためすべての個体の遺伝子が同一であり、遺伝子を1個変異させたときの影響を評価しやすいことです。また、遺伝子の改変が容易なことや、ライフサイクルが短く短期間で増やせることも大きな利点です。

マウスの行動を調べる行動解析室。マウスは音や明るさに敏感なので、防音室内で明るさを調整しながら実験を行う。西山先生の研究室にいるマウスは、先生が大学院生の頃から20年以上、同じ遺伝子系統で維持されてきたもの
CHD8ヘテロ欠損マウスを作る際は、ヘテロ欠損マウスと正常マウスを掛け合わせます。そうすると1/2の確率でヘテロ欠損マウスが生まれます。一度の出産で生まれるのは10匹前後です。特定の細胞や組織、あるいは特定の時期でのみCHD8を欠損させられるコンディショナルノックアウトマウスも作製しています。
行動解析ではどうしても個体差が生じるため、同じ遺伝子系統の20匹を確保して、その平均値で比較しています。ある条件のヘテロ欠損マウスを正常マウスと比較するだけでも、40匹が必要になるわけです。実験ではさまざまな条件のマウスを比較するため、相当数のマウスを維持し続けておく必要があります。