物心ついた頃から、将来の夢はお医者さんでした。幼い頃は町のお医者さん、少し大きくなってからは国境なき医師団にも憧れました。
夢を追って医学部生となり、卒業後は肝臓内科の臨床医として肝がんの治療に従事しました。当時、肝がんの予防は極めて困難で、発見した時点で病気がかなり進行していることがほとんどでした。治療の努力が報われず、患者さんを失う経験を重ねるなかで「研究によって不治の病を治したい」という思いが強くなり、基礎研究を志すようになりました。5年間の臨床経験を積んだのち、九州大学生体防御学研究所に大学院生として進学しました。
当初は大学院を卒業したら臨床医に戻ることを想定していたため、基礎研究者として研究を続けていくことになるとは想像もしていませんでした。転機は、CHD8という遺伝子に興味を持ったことでした。研究を始めると、どんどん面白くなってのめり込み、今日に至ります。
CHD8との出会いは今から25年ほど前、大学院生になってすぐのことです。指導教官の中山敬一先生から最初に渡されたテーマが「ある遺伝子のノックアウトマウスを作る」というもので、この遺伝子がCHD8でした。当時はまだCHD8という名前すらついておらず、機能も不明という、まさに「謎の遺伝子」でした。
ヒトもマウスも、通常は同じ遺伝子をペアで2つ持っており、片方が欠損した状態をヘテロ欠損、両方が欠損した状態をホモ欠損と言います。研究を進めるうち、CHD8をホモ欠損したノックアウトマウスは母親の胎内で死んでしまい、生存状態で生まれることがないとわかりました。私はこの事実が、CHD8が生命にとって非常に重要な役割を持つことを意味していると考え、それ以来ずっとCHD8の機能を追求してきました。
やがてCHD8が、がん抑制遺伝子産物p53によるアポトーシスを抑える働きをもつことを発見し、その後も長らくCHD8とがんや老化との関わりについて研究を続けました。

両親ともCHD8ヘテロ欠損のマウスを交配すると、1/4の確率でCHD8ホモ欠損マウスが生まれる。当初のターゲットはホモ欠損マウスだったが、その親であるヘテロ欠損のマウスこそが自閉症のモデルマウスであったことがのちに分かった
CHD8の研究を始めてから10年ほど経った2012年頃に、自閉症患者を対象とした大規模なゲノム変異検索が行われました。その結果、自閉症患者において最も高頻度に変異している遺伝子がCHD8であることが一連のトップジャーナルで報じられ、CHD8がにわかに世界中から注目を浴びることになったのです。この報告を端緒に、私の研究もがんから自閉症へと大きく舵を切りました。
ただ、私自身は先にお話ししたとおり「がんの患者さんを助けたい」という思いを強く持っていたので、自分が長年研究してきたCHD8が自閉症の原因遺伝子だからという理由だけでその研究に切り替えることには躊躇がありました。しかし、自閉症について調べるうちに、多くの患者さんやご家族が日々の生活に苦しんでいる現状を知りました。自閉症は直接命に関わる病気ではありませんが、早ければ2歳で診断がつき、その後、家族も含めて生涯にわたって思い悩むことになります。それに加えて、自閉症の障害特性に対する周囲の無理解や不適切な対応によって二次的な精神的問題を生じる場合もあります。患者を取り巻く深刻な現状を知るにつれて、自閉症の研究に大きな意義と必要性を感じるようになりました。