所属
東京大学大学院情報学環

職名
特任研究員

キーワード
子ども 建築 教育 環境リテラシー

助成期間
平成29年4月─平成32年3月

2015年3月
東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了

同年4月
東京大学先端科学技術研究センター 特任研究員

2017年4月
東京大学先端科学技術研究センター 助教

2017年10月
東京大学大学院情報学環 客員研究員

2018年4月
東京大学大学院情報学環 特任研究員


既存の学習環境に馴染めない子どもは、リアルなまちづくりに入り込めない

私は大学で建築史を専攻し、地域で愛されている建物の保存活動やまちづくりに携わってきました。しかし、日本では住宅や公共施設、歴史的建造物などに対する人々の関心や愛着が薄く、そのために貴重な建物が失われていっています。そこで、子どもの建築やまちに対するリテラシーを醸成する教育に携わりたいと思い、建築家の伊東豊雄さんが設立した私塾で、小学校高学年の子どもを対象にした「子ども建築塾」のプログラム開発に関わってきました。建築の専門知識を教えるのではなく、子どもと一緒に建築やまちについて考える教育プログラムです。

それまで私が関わってきた子どもたちは、少なからず建築やまちに関心を持っており、実社会の人々や環境とつながったリアルなまちづくりにも親しみを持って取り組むことができました。しかし一方で、昨今社会的に問題となっている不登校や引きこもりの子どもにとって、そのような教育は入り込みにくいということに気づきました。この気づきによって、既存の学習環境に馴染めない子どもの学習機会が限られてしまう問題と、私たちのように建築やまちと社会を結ぶ専門家がアプローチできていないステークホルダーがいるという問題が、同時に浮き彫りになりました。

まちづくりに新たな形が求められていると語る田口先生

バーチャルなまちづくりは新たな学習環境を拓く可能性を持っている

私は東京大学先端科学技術研究センターと日本財団が2014年より実施している「異才発掘プロジェクト」(通称ROCKET)を介して、学習機会を失った不登校や引きこもりの子どもたちと出会ってきました。そして、その子どもたちの多くはオンラインゲーム「マインクラフト」のプレイに1日の大半を費やしていることを知りました。

マインクラフトとは、土や石、緑など、同じ形で素材の異なる3Dブロックでできた仮想世界を自由に探索・採掘し、集めたブロックで思い通りの世界を組み上げることができるゲームです。

ほぼ無限に自動生成される地形は全て立方体のブロックで構成され、ブロックを壊すとアイテムが入手できます。基本の遊び方では、プレイヤーが敵から身を守るためにブロックで家を建て、あちこちを探索してさまざまなアイテムをクラフトし、自分の世界を広げていきます。また、アイテムを無限に使用することができる世界で、大規模な建物を建てたり、電気配線などを用いた都市システムを構築したりと、制作に特化した環境も用意されています。さらに、マインクラフトではオンラインでプレイヤー同士が繋がり、共同製作をすることも可能です。今日では、仮想の都市や城、アニメ世界の再現、また現実にある法隆寺や新宿の街など、沢山のすばらしい作品がインターネット上で公開され、プレイヤーやファンの間で楽しまれています。

オンラインの仮想世界に自由にブロックを積み上げるものづくりゲーム「マインクラフト」
(プログラムの参加者が作成した実際の作品)

マインクラフトに打ち込んでいる子どもや若者たちは、驚くような熱意と精度で作品をつくり、インターネット上で特有のコミュニティを形成していますが、実社会では自分の能力を知ってもらい、認められる機会がありません。しかし、リアルな建物をマインクラフト作品としてバーチャルで再現することができるなら、その地域社会と彼らは接点を持つことができます。また、マインクラフトユーザーならではの視点で、地域資源の発掘・再評価が得られるかもしれません。そうした試みから、新たな学びや社会協働のあり方、リアルとバーチャルを結ぶまちづくりのあり方が見えてくると考えました。

そこで、本研究では、マインクラフトユーザーが作品づくりを通じてリアルなまちづくりに参加するプログラムを、2カ所で開発することにしました。

ひとつは埼玉県深谷市と協力し、マインクラフトに打ち込んでいる子どもや若者に共同生活の場を提供して、実際の地域を探索しながら、深谷市のシンボルである「深谷駅」や地域資源となるものをマインクラフトで製作してもらう試みです。

もうひとつは、通信制高校であるN高等学校の心斎橋キャンパス・代々木キャンパスと協力し、マインクラフトに関心のある生徒に、心斎橋キャンパスの近隣にあり、現在建て替え中の近代建築「大丸心斎橋店本館」の元の姿をマインクラフトで復元し、記録として残してもらうというものです。

本研究ではこの2カ所で、マインクラフトユーザーと、地域住民、自治体、企業など実社会のコミュニティがゆるやかに関係を持つまちづくりのプログラムを開発し、その効果を検証しています。

この研究は、私が博士課程を終え、既存の手法の限界を突破する新しいチャレンジとして始めたいと考えていたものでした。しかし、内容が複数の学術分野にまたがり、既往研究の蓄積もないなかで、通常の助成制度では採択される見込みがありません。そのため、アイディアはあっても実現不可能な研究だったのです。

マインクラフトは、リアルとバーチャルを結ぶまちづくりのツールになる