「人工細胞を利用したゲノム三次構造の立体構造解析」

人工細胞核を作製し、内部のタンパク質を撮影することに成功

核膜とクロマチンとの関わりを知るには、核膜付近の立体構造を明らかにする必要があります。現実の細胞核は密度が非常に高く、電子顕微鏡での構造観察が困難であるため、観察に適した人工細胞核を一から作ることにしました。人工細胞核の作製は先例がなく暗中模索でしたが、人工細胞を作る技術を尋ねてまわり、ラボでシステムを立ち上げることができました。

作製には、フィルム水和法を採用しました。試験管の壁面に脂質を貼り付け、タンパク質を含む溶液を入れて懸濁すると、二重の脂質層で囲まれた微小なカプセル「リポソーム」が形成されます。クライオ電子顕微鏡での観察に適したリポソームサイズや、脂質の組成を見つけるまではかなり苦戦しましたが、試行錯誤の末、リポソームに含まれるタンパク質粒子やヌクレオソーム粒子の撮影に成功しました。

右下の写真は脂質二重膜に包埋されたタンパク質粒子。実験を通じて開発されたクライオ電子顕微鏡観察に特化したタンパク質包埋技術は、人工細胞の研究領域で幅広く応用が可能

リポソームにヌクレオソームを包埋することは達成しましたが、実際の細胞核では、数種類の膜タンパク質が核膜に刺さることでDNAを裏打ちしています。

そこで次に、リポソーム内部で膜タンパク質を発現させ、リポソーム膜に刺さるかどうかを検証しました。そのためにはリポソーム膜を膜タンパク質の刺さりやすい柔らかさにする必要があり、ここでも組成の検討に時間を費やしました。膜の検討と並行して、膜タンパク質の変異体にも工夫をこらした結果、ようやく、核膜に刺さった状態の膜タンパク質を人工細胞核内で再現し、観察することに成功しました。

目指すのは、裏打ちされたDNAループの構造を顕微鏡観察することと、核膜が転写に与える影響を評価すること。先は長いが、着実に目標に近づいている

遺伝子発現に関わる一つひとつの機構を地道に解きほぐした先に、多様な疾患への理解と治療への手がかりがある

現在は、DNAループの構造や機能に関して、ようやく基本的なことが分かり始めた段階です。ループ本体だけでなく、転写に関わる複数のタンパク質の役割も含めた統合的理解を目指して研究しています。

一般的な遺伝子発現の機構を理解できれば、次の段階として、組織特異的なDNAの立体構造を解明し、応用につなげることが可能になります。例えばゲノム編集であれば、通常のDNA配列をターゲットとした遺伝子操作が困難なDNA領域に対して、DNAループ構造を加味することで編集が可能になるかもしれません。また最近では、DNAループが多重化した「スーパーエンハンサー」が癌の発生に関わっていることが知られています。スーパーエンハンサーの構造を再現できれば、抗がん剤の開発につながる可能性もあります。DNAループの理解は、大きな発展の可能性を秘めているのです。

研究の指針を得られるメンタリングと、実用面での手厚いサポートを併せ持つ、理想的な助成制度

ちょうど自分のラボを立ち上げるタイミングで、こちらの研究助成に応募しました。助成研究者のインタビュー記事から、チャレンジングな研究が多数採択されていることを知り、自分の研究も助成のコンセプトに合致するのではと思いました。

特に魅力を感じたのはメンタリング制度です。研究者として独立すると自分の道は自分で切り拓くしかなく、先達の先生方からしっかりアドバイスをいただける機会はめったにありません。これはどうしても通りたい、と申請書の作成にも熱が入りました。

いざ助成期間が始まって研究に没頭するようになると、細かいマネージングや一つひとつの実験結果に意識が向きがちです。そんな時にメンタリングで「研究のコンセプトを常によく考えることが大事」というご助言をいただき、ハッとしたこともあります。

実用面では、助成額が大きいこと、そして助成金の使用できる幅が広く、人件費やラボの設備にまで使わせていただけたことが研究の大きな後押しになりました。

振り返ると、期待した以上に濃密な助成期間でしたし、今後につながる成果が得られたことに感謝しています。

指導した学生たちが、自ら実験プランを提案してくれるようになり、成果を出して学会発表をするなど、著しい成長を見せてくれている。助成研究を通じて彼らが頼もしく育っていく姿を見られたことも、大きな喜び