所属
徳島大学病院 総合臨床研究センター

職名
特任助教

キーワード
医療ビッグデータ サルコペニア オミクスデータ

助成期間
令和4年度~

研究室ホームページ
2021年3月
徳島大学 大学院 医学研究科博士課程修了 博士(医学) 

2021年4月
徳島大学病院 薬剤部 薬剤師

2022年4月
徳島大学病院 総合臨床研究センター 特任助教


サルコペニアは高齢患者のQOL低下や、死亡率増加につながる

「サルコペニア」は、主に加齢によって骨格筋(骨周りに付着し、姿勢の維持や身体の動きに使われる筋肉)の量が減少し、機能が低下した状態のことです。転倒や骨折のリスク上昇、がんなどの疾患の予後悪化につながります。

私は大学病院で薬剤師として勤務する中で、多くの高齢患者がこの病態に陥り、QOLの低下に苦しんでいる様子を目の当たりにしてきました。高齢社会のさらなる進展により、患者数がさらに増加するのではないかと危惧しています。

従来の創薬モデルでは、サルコペニアの治療薬開発は困難

多くのリスクを伴うサルコペニアに対して、これまで様々な治療薬の開発が進められてきました。しかし、実現に至ったものはありません。

なぜ開発がうまくいかないのか。その理由の一つとして、従来の創薬モデルが通用しにくいことが挙げられます。

通常、医薬品の開発は、病気の原因を特定して、その「標的」に働きかける化合物を発見、または開発するところからスタートします。しかし、サルコペニアは、加齢に伴う成長ホルモンの減少をはじめ、栄養不良、消化吸収機能の低下など、多岐にわたる要因が絡み合って発症します。治療薬のターゲットとなる原因を特定することは、著しく困難です。

そして何より、サルコペニアになった高齢患者の中には、腎機能や肝機能の低下を伴う人が少なくありません。そのため、非臨床試験(モデル生物や細胞を用いて、医薬品の安全性や有効性を調べる試験のこと)をクリアした薬でも、副作用が起きてしまうことが少なくないのです。

ビッグデータ解析と非臨床試験、オミクスデータ解析を組み合わせて、既存承認薬の中から治療薬候補を探索

私は大学院時代から、この医療ビッグデータの解析を土台に、オミクスデータ(遺伝子やRNA、タンパク質など生命現象に関わる分子の網羅的なデータ)の解析、そして非臨床試験を組み合わせて、既存の承認薬の中から目的の治療薬を探索してきました。いわゆる「ドラッグリポジショニング(既存の薬に新たな効果を発見し、別の病気の治療薬として用いること)」です。

そこで「既に承認され、患者が実際に服用している薬の中から、サルコペニアの治療薬を探すことができるのではないか」と、考えました。既存承認薬で長い使用実績があれば、一定以上の安全性は担保されます。そのうえ、新薬を一から作るよりも、開発期間を大幅に短縮し、コストを抑えることが可能です。

では、既存承認薬からどのようにして目的の治療薬を探すのか。そこで用いるのが「医療ビッグデータ」です。このデータセットには、患者や医療機関、行政機関などから集められた大量の医療情報が収められています。病名や処方薬、診療内容、健診結果などが含まれており、これらのデータを解析することで、どの薬がどのような症状に影響を与えたのかを明らかにすることが可能です。

手順をごく簡単にご説明すると、まず、医療ビッグデータに記録されているサルコペニアの患者のデータを解析して、症状に効果を発揮する可能性のある薬剤を抽出します。次に、その治療薬候補の安全性と有効性を、in vitroとin vivoの非臨床試験で確認します。そして、最後にオミクスデータを活用して、候補薬の詳細な作用機序を調べる、という手法を採用しました。

ビッグデータ解析により、有効性が高い治療薬候補を絞り込むことができるので、その後の研究開発プロセスを効率化できることがメリットです。

本研究で採用した、サルコペニアの新規治療薬探索の手順。「薬を実際に服用している患者のデータ」をスタート地点にするという、従来の創薬モデルとは正反対のプロセスで、候補薬の探索に取り組んだ

医療ビッグデータ解析により、治療薬候補を抽出

サルコペニアの原因は主に加齢ですが、サルコペニアに似た筋萎縮症状は高齢者以外の患者にも現れ、さまざまな投薬治療が行われています。そこで、解析データの幅を広げるため、サルコペニアに似た筋萎縮を引き起こす薬剤を探しました。

すると、副腎皮質ステロイドの「デキサメタゾン」が、サルコペニアに似た筋萎縮を副作用として引き起こすリスクがあることが確認できました。この薬は、喘息や関節リウマチなどの治療に用いられ、成人から小児まで処方されます。そのため、筋萎縮について、幅広い年齢層の患者のデータを取得できます。

本研究では、医療ビッグデータとして、WHOが提供する「医薬品有害データベース(VigiBase)」と、国内の医療情報データベース(JMDC Claims Database)を使用。データベースには、サルコペニアの経過の把握に必要な筋肉量のデータは記録されていない。そのため、日常生活自立度のデータ等を指標にして評価した

以上の調査結果に基づいて、医療ビッグデータ内でデキサメタゾンを服用している患者のデータを探しました。そこから筋萎縮の副作用を引き起こしている事例を抽出し、併用薬の有無を調べて、さらに併用薬の種類ごとにグループ分けをしました。その後、各グループで筋萎縮がどの程度報告されているのか、その件数と割合を調べました。

併用薬を服用している場合の副作用発症率が、服用していない場合よりも低くなっていれば、併用薬に筋萎縮を抑制する効果が備わっている可能性があります。調査の結果、筋萎縮の副作用の発症率が低くなる7種類の併用薬を特定しました。