「加齢性代謝疾患における腸内細菌の関与と治療基盤の確立」

高齢期の栄養吸収能の低下に、代謝中間体が関与している可能性を発見

はじめに、野生型のマウスに高脂肪食を与えて、しばらく観察をしました。すると、若齢マウスの体重は徐々に増加していきましたが、高齢マウスの体重には顕著な変化が見られませんでした。

血中の栄養素を解析したところ、高齢になると血糖値や遊離脂肪酸の数値がほとんど上昇しなくなっていました。これは「食べた栄養素をうまく吸収できていない状態」と推測されます。太らない=身体に良いこと、と感じるかもしれませんが、単純に高脂肪食を摂取した生物は、体重が増えることが「正常な応答」です。つまり、太らなければ「異常な応答が出ている」ことになるのです。

この異常な応答に、代謝中間体の蓄積が関係しているか否かを確かめるため、GPR40とGPR120の遺伝子が欠損したマウスを作り、高脂肪食を与える実験を行いました。先ほどの仮定「加齢特異的に蓄積する代謝中間体は、受容体GPR40とGPR120に対して阻害活性を有する」から、GPR40とGPR120を発現しないマウスは、若齢であっても老齢と同じ応答を示すことが期待されます。

結果は、予想通りでした。GPR40とGPR120の遺伝子を両方欠損したマウスは、若齢でも高齢でも、血中の栄養素の数値が上がりにくくなりました。

学生の報告から「絨毛の短縮」に着目し、実験でその原因を追求

代謝中間体によるGPR40/GPR120シグナル阻害のメカニズムを解明するため、腸から分泌されるホルモンや、摂食調整を担うホルモンなどを対象に解析を行いました。しかし、なかなか結果が得られませんでした。

そんな時です。栄養吸収を担う小腸組織の病理解析を実施した学生から「先生、このマウスの絨毛が、少し短いです」と報告を受けました。絨毛は腸の粘膜表面にある無数の突起で、栄養吸収は絨毛の長さと相関します。

高脂肪食を与えると絨毛が短くなることは知られていましたが、学生が撮影していたのは、通常食を与えていた野生型老齢マウスの絨毛でした。そこで、GPR40とGPR120の遺伝子を両方欠損したマウスの絨毛を調べたところ、若齢であっても明確に絨毛が短くなっていることが確認できました。

さまざまなパターンを観察した結果、「加齢によって絨毛は短くなる」「高齢のマウスに高脂肪食を与えると、さらに絨毛が短くなる」「若齢であっても、GPR40およびGPR120シグナルが阻害されていると、絨毛が短くなる」ことが明らかになりました。

さらに、代謝中間体を若齢マウスに過剰に負荷すると、体重には顕著な変化が現れませんでしたが、高齢マウスと同じ栄養吸収能の低下と絨毛の短縮が起きることが確認できました。

以上の実験結果から、老齢期における栄養吸収能の低下に「絨毛の短縮」が関与していること、絨毛が短縮した要因に「老齢期特異的に蓄積した代謝中間体」が挙げられることが明らかになりました。

代謝中間体の、産生菌の同定を目指す

最後に残った課題は、代謝中間体を産生する細菌の正体と、その代謝経路の同定です。原因菌を突き止めるためには、抗生物質を投与して特定の微生物を除去した後、代謝物質の増減を評価するという方法があります。本研究でもこの方法を採用しました。

そして、特定の抗生物質を投与したとき、多くの代謝物質は減少しますが、代謝中間体は維持されていることが確認できました。つまり、特定の抗生物質が効かない細菌が、代謝中間体の産生菌である可能性が高いということです。

現在は、特定の抗生物質を投与したマウスの腸内細菌叢のメタゲノムに対して、特定の疾患や形質との関連性を網羅的に解析しているところです。産生菌をピックアップし、加齢特異的に蓄積する代謝中間体が、GPR40/GPR120シグナルを阻害して、加齢性炎症や絨毛の短縮を引き起こすまでのメカニズムを明らかにしたいと考えています。

代謝中間体の産生を担う、老齢期特異的な腸内細菌種の同定を目指す

健康寿命の延伸には、食べたものが正常に分解・吸収され、末梢の組織、そして細胞まで栄養素が行き渡ることが重要です。今回、食事介入のアプローチまで至れなかったことは残念ですが、今後も研究を続けて、腸内細菌由来の代謝物質や、その原因菌をターゲットにした薬物療法などに寄与できる成果を出すつもりです。

マウスを2年間飼育して得られるデータが、本研究の「オリジナリティ」のひとつ

一般的には、実験用のマウスはブリーダーから購入します。しかし、腸内細菌は食事や飼育環境で変化するため、再現性が低いという課題がありました。そのため、自分の研究室で繁殖・飼育を行うことにしました。

老齢マウスといえば1年齢のものを用いることが多いのですが、本研究では2年齢まで育てたマウスを使っています。2年齢になると、見た目にも毛並みが悪くなり、内臓機能も衰えて「高齢」の特徴が出やすいため、若齢マウスとは明確に異なるデータを得ることができるのです。

実験に適した状態になるまで時間がかかりますし、十分な数を確保することが困難ですが、自分の研究室で2年齢マウスを飼育できることは、大きなアドバンテージだと考えています。

この環境を生かして、腸内細菌や代謝物質の変容、加齢期の身体機能の低下など、今後もさまざまな角度から「人間の身体の中で起きていること」にアプローチしていくつもりです。

1年齢のマウスは人間の50〜60代、2年齢のマウスは80〜90代に該当する。1年齢でも身体機能の低下はみられるが、顕著な変化を観察することは容易ではない

助成金を3年間受けられたことと、貴重なメンタリングに感謝

セコム科学技術振興財団の研究助成制度を知ったのは、大学からの案内メールがきっかけでした。当時は独立したばかりで、実験に必要な機械や道具等はすべて自分で用意しなければいけなかったため、応募資格のある研究助成にはすべて応募していました。

その中でも、この挑戦的研究助成は金額が大きいだけではなく、3年間継続して受け取ることができるため、たいへん助かりました。また、毎年実施されるメンタリングでは、この研究のことはもちろん、今後どのようにして独自性を打ち出していくべきか等、研究者としての長期的視野に関する貴重なアドバイスをいただくことができました。おかげさまで、テニュア審査にも合格することができました。心から感謝しています。

マウスの飼育にもさまざまな資金が必要になるため、年度末は資金確保で悩むことが多かった。継続的に助成金を受けられることで、その悩みから開放されたことも大変ありがたかった

複数の研究助成に申請し、不採択が続くと「このテーマを面白いと感じるのは、自分だけなのかもしれない」と、落ち込んでしまうこともあるかもしれません。しかし、そうではありません。研究者として「面白い」と感じたことは、絶対に面白いことです。とくにセコム財団の挑戦的研究助成は、研究者が抱く問題意識や、その解決に繋がる研究への熱意を、細やかに支えてくれます。自身が選んだテーマの価値を信じてプレゼン力を磨き、どんどん応募してほしいと願っています。