所属
東京農工大学 大学院 農学研究院 応用生命化学プログラム 食品機能学研究室

職名
准教授

キーワード
腸内細菌 機能性食品 生体恒常性  

助成期間
令和4年度~

研究室ホームページ
2017年3月
広島大学大学院生物圏科学研究科生物機能開発学専攻修了 博士(農学)、東京農工大学大学院農学府農学部 特任助教

2020年10月
東京農工大学グローバルイノベーション研究院テニュアトラック推進機構 テニュアトラック准教授

2025年10月
東京農工大学大学院農学研究院 准教授


腸内細菌の構成は、代謝性疾患に深く関与している

2006年に「肥満の人と痩せている人では、腸内細菌の構成が全く異なる」という研究成果が発表され、たいへん注目を集めました。

その後、同一グループが「片方が肥満者、もう片方が痩身者の双子」の被験者を対象に、それぞれの腸内細菌を移植したノトバイオートマウス(保有している微生物叢がすべて特定されているマウス)を観察したところ、同じ食事を与えたにもかかわらず、肥満者の腸内細菌を持つマウスは肥満に、痩身者の腸内細菌を持つマウスは痩身になったといいます。

これ以降「腸内細菌は、肥満をはじめとする糖尿病などの代謝性疾患に深く関与している」と考えられるようになり、腸内細菌の研究が活発化していきました。

当時、私は生物生産学部の学生でした。もともと「宿主の健康に有益な効果を与える微生物」に興味を持っていましたが、「食事を変えると腸内細菌の構成も変わり、代謝物質も変化する」ことを知り、その影響を詳しく知るために研究の道に入りました。

高齢期に特異的な腸内細菌の構成が、加齢性疾患に影響を与えている可能性に着目

そもそも、腸内細菌はいつ、どのようにして体内で構成されるのでしょうか。

母親の胎内にいる胎児期には、腸内細菌が存在しないことは知られていました。出生と同時に様々な菌に曝露されることで腸内細菌叢を形成し、特定の菌が定着し始めるのは、出生後に母乳やミルクを飲むようになってからです。やがて自分の好みの食べ物を摂取するようになり、運動したり休みをとったり、ストレスを抱くようになる等、外部環境や心身状態に多様性が生まれ、その影響で腸内細菌にも流動的な変化が起こると考えられます。ところが、高齢になると低栄養、食欲の低下、基礎代謝の低下などによってその多様性が徐々に失われていくため、腸内細菌も高齢者特有の構造へと変わっていきます。

そして、腸内細菌が変われば、代謝物質も変化します。しかし、腸内細菌由来の代謝物質が老齢期において身体にどのような影響を与えているのか、すべてが明らかになったわけではありません。私は、加齢に伴う腸内細菌の変容が、加齢性炎症の発症や悪化を招き、糖尿病や骨粗鬆症、脳血管疾患などの加齢性疾患に影響を与えているのではないかと考えました。

一般的に「タンパク質が多い食材は筋肉量を増やす」と言われるが、摂取した栄養素だけが筋肉の増減に直接関わるわけではない。タンパク質はペプチドやアミノ酸に分解された後、小腸から吸収される。このアミノ酸が筋肉や皮膚などの材料となる

食事を変えると、腸内細菌が代謝して産生される代謝物質も変化する

私の研究室では、継続的なマウスの繁殖・飼育を行うことで、腸内細菌とその代謝物質の変化を経時的に観察しています。これまでの研究で、加齢依存的・特異的な腸内細菌および代謝物質の同定に成功しました。

過去の研究において、高齢マウスの腸内細菌を移植したノトバイオートマウスと、無菌マウスの炎症マーカーを、それぞれ「若齢時」と「高齢時」で比較しました。すると、ノトバイオートマウスの炎症マーカーは加齢とともに上昇しましたが、無菌マウスはほとんど変化がありませんでした。

つまり加齢性炎症を引き起こしているのは、加齢によって変容した腸内細菌や代謝物質であることが示唆されたのです。

腸内細菌由来の代謝物質が加齢性炎症の惹起に関わっているのであれば、特定の食事を摂ることで代謝物質をコントロールし、加齢性疾患の発症を抑制できるようになるのではないか。これが、本研究のきっかけです。

「加齢」と「食事」の視点から、加齢特異的な腸内菌代謝物質を特定する

まずは同一環境で飼育している若齢マウスと老齢マウスをそれぞれ2グループに分けて、片方のグループに「通常食」、もう片方のグループに「高脂肪食」の餌を一定期間与えた後、腸内細菌を調べました。すると、通常食グループと高脂肪食グループでは、若齢・高齢ともに腸内細菌の構成が大きく乖離しました。

この結果から、腸内細菌の構成には「加齢」と「食事」の2つのファクターが存在することがわかりました。

次に、高脂肪食中に豊富な「リノール酸」に着目しました。リノール酸は食用油などに含まれている必須脂肪酸で、腸内細菌の代謝によってさまざまな代謝中間体へと変換されます。

通常食・高脂肪食を与えたマウスの各代謝物質の存在量を質量分析計で測定したところ、若齢・高齢のマウスともに、高脂肪食を摂取するとリノール酸が増えることがわかりました。それに伴って代謝物質も増加すると思いましたが、意外にも、高脂肪食のマウスよりも通常食のマウスのほうが、代謝物質の量が多くなっていました。

その理由として、私は「高脂肪食を摂取しているマウスの腸内細菌は、リノール酸の代謝に適した機能を有していない」と推測しました。どれほど基質が豊富でも、分解する菌が十分に存在しなければ代謝物質は生まれません。

一方で、リノール酸由来の代謝中間体のうち、2つの代謝物質は、若齢マウスでは通常食の方が多くみられましたが、高齢マウスでは顕著な差が生じませんでした。腸内細菌の構造に依存せずに一定量存在するのであれば、この2つの代謝中間体は「加齢特異的に蓄積する代謝物質である」と考えられます。

年齢・食事の違いによって腸内細菌の構成が変化し、腸内細菌由来代謝物質の量にも違いが出てくる。しかしリノール酸由来の特定の代謝中間体のみ、高齢になると差が認められなくなる

代謝機能の改善に関与する受容体の働きを、加齢特異的な腸内細菌由来代謝物質が阻害

リノール酸から生成される代謝物質の一つに、「HYA」という機能性脂肪酸があります。これまでの研究で脂肪細胞の肥大化を抑制したり、食後の血糖値上昇を抑えるなど、代謝機能の改善に関与していることが明らかになり、サプリメントとしても普及しています。

HYAがこのような働きをするのは、細胞内に情報を伝えるGタンパク質共役型受容体で、長鎖脂肪酸を認識する「GPR40」と「GPR120」を介してシグナルを伝達するリガンド分子だからです。

一方、この老齢期に特徴的な2つの代謝中間体は、GPR40/GPR120の両方に、アゴニスト活性(特定の受容体に結合して、その受容体本来の機能を誘導する物質が持つ作用)を示さず、阻害活性を有するユニークな作用を有することも明らかにしました。

東京農工大ならではの基礎研究成果を基盤にして、健康寿命の延伸や、食品機能学への応用にも繋がると期待している