所属
名古屋大学 環境医学研究所 発生遺伝分野

職名
特任准教授

キーワード
皮膚 組織幹細胞 分化 

助成期間
令和4年度~

研究室ホームページ
2013年3月
京都大学 大学院 理学研究科 化学専攻 生物化学研究室 博士後期課程修了 博士(化学)

2013年4月
東京医科歯科大学 難治疾患研究所 幹細胞医学分野 特任助教

2014年4月
日本学術振興会特別研究員

2017年4月
東京医科歯科大学 難治疾患研究所 プロジェクト助教

2022年4月
名古屋大学 環境医学研究所 発生遺伝分野 特任准教授


生物学の研究者として、老化という「大きな謎」に取り組みたいと考えた

私は昔から理系の学問が大好きで、高校1年生の頃には「将来は研究者になろう」と決意していました。そして、研究者になったあかつきには、これまで誰も解明できなかった大きな「謎」に挑戦したいと考えていたのです。

研究対象として最も興味深く、かつその成果を他分野に応用できるのは生物学だろうと思い、理学部に進学しました。生物学を専攻して「老化」に興味を持ち、主な原因と考えられているDNA損傷や修復を対象に、酸化損傷塩基(DNA内の塩基が酸化反応を受けて、変化したもの)など、生化学の視点から老化のメカニズムを研究しました。博士課程では、DNAがどのように損傷するのかに関心を持つとともに、より根本的に老化のメカニズムにアプローチするために化学を専攻。酸化損傷を受けた部分を認識し、還元反応を行う化合物の開発などに取り組みました。

生物学は科学の諸分野を土台にして成立している学問。たとえば酸化塩基損傷にしても、生成経路などを理解しておく必要があると考え、博士課程では化学を専攻した

大学院修了後は、最も関心がある個体老化、すなわち生物の個体が老化していくメカニズムの研究に取り組みました。個体老化を見るためには、体の各臓器や各器官がどのように老化していくのか、そのプロセスやメカニズムを観察する必要があります。実験がしやすく、かつ研究の余地が多く残されていたことから、臓器老化のモデルに「皮膚」を選びました。環境因子が皮膚の老化形質を促進するメカニズムや、肥満が脱毛を促進するメカニズムなどを解明しました。

こうした成果をもとに、環境因子によるDNA損傷が原因となる皮膚の老化やがん化のメカニズムを明らかにするために、本研究を開始しました。最終的には、個体老化メカニズムの全容の解明を目指しています。

色素沈着を切り口に、皮膚の老化・がん化のメカニズム解明に取り組む

今回の研究では、皮膚の老化形質の中でも、色素沈着に注目しました。

色素沈着は観察が容易なうえ、がん化すると、皮膚がんの中でも致死率の高いメラノーマになります。つまり、老化・がん化の両方において重要な研究対象といえるのです。

これまでの研究では、毛包(毛を生み出す管状の組織)に存在する色素幹細胞は、加齢やDNA損傷によって枯渇し、白髪を誘発することがわかっています。これに対し、表皮の色素幹細胞は、加齢によって活性化し、色素沈着を引き起こします。

なぜ、同じ細胞種であるにもかかわらず逆の表現型を示すのか。私は「組織幹細胞や分化細胞では説明できない、別のメカニズムが働いている」と仮定し、DNA損傷によって引き起こされる色素細胞の変化を調べることにしました。

エタノールによる色素沈着の誘導と、DNA損傷応答としての色素細胞の増殖

DNA損傷は老化やがん化の主原因となりますが、DNAが傷つく原因は、紫外線暴露や化学物質といった外的要因や、生体内代謝産物による酸化などの内的要因があり、多岐に渡ります。本研究では、エタノールと放射線を扱いました。

まず、aldh2という遺伝子が変異した「aldh2変異マウス」に、エタノールを与えました。aldh2は、エタノールの代謝産物であるアセトアルデヒドを無毒化する酵素を作る遺伝子です。そのためaldh2に変異があると、エタノールが体内に入った際、アセトアルデヒドが全身にまわり、細胞のDNA損傷を引き起こすことが知られています。

この実験では、aldh2変異マウスの背中の皮膚には何も変化はありませんでしたが、耳と尻尾、足裏の表皮基底細胞付近に、加齢性のシミに似た色素沈着が生じました。さらに、特異的な抗体を用いて特定のタンパク質の存在を検出する「免疫染色」で調べると、耳や尻尾での色素細胞の増殖、および、足の裏では新たに色素細胞が現れることが確認できました。これにより、色素沈着が起きたと考えられます。

aldh2変異マウスにエタノールを与えた結果。左は上から足の裏、尻尾、耳、背中の細胞レベルでの色素沈着の様子。右は尻尾の免疫染色結果。色素細胞(緑)の増加が見られる

この実験から、アセトアルデヒドによって生じたDNA損傷が色素細胞の増殖を促し、色素沈着を誘導することが示唆されました。しかし、アセトアルデヒドは細胞のDNAだけではなく、タンパクや脂質を攻撃することもわかっています。

そこで、DNA損傷が色素沈着の原因となるかどうかを明らかにするために、いくつかのDNA修復経路を欠損させたadh2変異マウスにエタノールを与えました。すると、特定の修復経路を欠損させた場合に、色素沈着の増加が見られました。これにより、色素沈着の原因はDNA損傷であることが裏付けられました。

この結果を踏まえたうえで、DNA損傷自体が色素沈着を引き起こしているのか、あるいはDNA損傷に対する応答によって色素沈着が誘導されているのかを調べるために、全身からp53遺伝子を欠損させたマウスを使って実験を行いました。p53遺伝子は、DNAに損傷が生じた際、その修復の促進やアポトーシス(細胞死)の誘導などを制御する遺伝子です。

実験の結果、エタノールによる色素沈着は、p53を欠損することで現れなくなりました。つまり、エタノールを与えたことで起きた色素沈着は、p53遺伝子を介したDNA損傷応答として現れたということです。

ケラチノサイトのp53遺伝子を介したDNA損傷応答が引金となり、色素沈着が誘導される

次に、放射線を用いた実験を行いました。過去に行われた研究で、マウスに5Gyの放射線を照射すると白髪になることが確認されています。これは先に述べたように、DNAが損傷して毛包の色素幹細胞が枯渇するためです。

今回は同量の放射線をマウスに照射し、毛ではなく表皮の変化を観察しました。尻尾、表皮、足裏に、色素沈着の発生、または増加が見られました。放射線照射によるDNA損傷が生じた場合も、エタノールを与えたときと同様のメカニズムが働いたと考えられます。

5Gyの放射線という同量のストレスを与えたにもかかわらず、毛包では色素細胞が枯渇し、表皮では色素細胞が発生または増加して、色素沈着が生じるという正反対の形質変化が生じました。その原因は、環境の違いにあるのではないかと考えました。具体的には、周辺細胞がストレスを受けた結果、色素細胞に何らかの働きかけをしているからではないか、と推測しました。

これを詳しく調べるために「色素細胞のp53遺伝子を欠損させたaldh2 変異マウス」と、「色素細胞の周辺細胞であるケラチノサイト(表皮を構成する細胞)特異的にp53遺伝子を欠損させたaldh2 変異マウス」の2種類に、エタノールを与えてみました。

その結果、ケラチノサイト特異的にp53遺伝子を欠損した場合のみ、足の裏の色素沈着が抑えられました。つまり、色素沈着の原因は「ケラチノサイトのp53を介したDNA損傷応答が引き金になっている」ことが示されたのです。

ケラチノサイトは色素細胞の周辺に存在しており、DNA損傷が起きるとp53を介した損傷応答により色素細胞が増殖する。足裏の写真は、左からaldh2変異のみの場合、ケラチノサイト特異的にp53遺伝子を欠損させた場合、色素細胞特異的にp53遺伝子を欠損させた場合。中央のみ色素沈着が抑えられている

続けて、放射線の影響を調べました。足裏の色素沈着は、p53遺伝子を全身およびケラチノサイト特異的に欠損させることで抑制されました。白髪は、ケラチノサイト特異的にp53遺伝子を欠損させた場合に促進され、全身性の欠損ではむしろ抑制されることがわかりました。つまり、放射線は「色素細胞を枯渇させる」、「ケラチノサイトに対しては、色素細胞の増殖を促す」という影響を与えること、そしてこの2つが「p53遺伝子により制御されている」ことがわかりました。

放射線を照射した場合の足裏と体毛の変化。左から照射前の野生型、照射後の野生型、p53遺伝子を全身から欠損させた場合、ケラチノサイト特異的にp53遺伝子を欠損させた場合

足裏にはもともと色素細胞がないため、放射線はケラチノサイトにしか影響がありませんが、毛包では両方の現象が生じ、特に色素細胞の変化の影響のほうが大きいと考えられます。これにより、同じストレスに対して、毛包と表皮で逆の表現型が生じる理由が明らかになりました。

分裂期のケラチノサイトから放出されるサイトカインが、色素沈着を誘導する

さらに、ケラチノサイトのDNA損傷応答について、放出される因子や細胞集団がどのように変化するか、解析を行いました。

これにより、休止期(細胞が分裂を行わない時期)のケラチノサイトの集団が減少し、分裂期(細胞が分裂し、新しい細胞を作る時期)の集団が増加することを確認しました。

また、分裂期の集団からはkit ligand(kitl)というサイトカインが多く放出されていることがわかりました。そこで、kitlをケラチノサイト特異的に欠損させ、その作用を調べたところ、色素沈着が抑制されました。

以上の結果から、色素沈着は色素細胞のDNA損傷応答ではなく、「色素細胞の周辺細胞であるケラチノサイトがDNA損傷応答としてkitlを放出し、色素細胞を増殖させて引き起こす」ことが明らかになりました。