所属
東海大学 医学部 総合診療学系 総合内科学

職名
講師

キーワード
人工知能 心筋症 ニューラルネットワーク

助成期間
令和4年度~

研究室ホームページ
2018年4月
慶應義塾大学医学部 医学研究科博士課程(医化学専攻)修了 博士(医学)

2019年4月
ハーバード大学 Brigham and Women’s Hospital Research Fellow

2022年10月
ハーバード大学 Brigham and Women’s Hospital Instructor of Medicine

2022年10月
東海大学 医学部 総合内科 専任講師


子どもの頃から工学に関心を持つ

私は子どもの頃から工学に強い関心を持っていました。小学校高学年の頃からロボット制作やプログラミング、ソフトウェアの作成を行い、高校生の時には電子工学研究会の部長を務めていたのです。大学進学の際には、医学部か工学部で深く悩みました。

結局、医学部を選択して医師になりましたが、医学と工学の融合の可能性を模索し続けてきました。シミュレーション研究などを経て、第3次AIブームが本格化する中で、現在のテーマに行き当たった次第です。

循環器内科には心エコーや心電図など、侵襲が少なく大規模に収集できるデータが多い。そのため、AI研究に適しており、この分野に進んで良かったと実感している

無症状期の心疾患検出の必要性と難しさ

心不全は日本人の死因の第2位であり、高齢化に伴い、患者数が大きく増加しています。一度心不全になってしまうと回復は難しく、健康寿命を短縮させてしまうのです。私は循環器内科の医師として、これまで多くの患者様を診察してきましたが、すでに手遅れになっていることが少なくなく「もっと早い時期に見つけることができれば」という悔しい思いを何度もしてきました。

こうした状況を改善するためには、深刻なダメージが生じる前の「無症状期」に疾患を検出し、早期治療につなげることが重要です。しかし、この段階の患者は不調を感じていないので、専門医を受診しません。また、無症状期の心疾患を高精度に検出するためには、心エコーや心臓MRIなど費用的・時間的に高コストの検査が必要となり、大規模なスクリーニングが困難です。

AIに心電図データを学習させ、心疾患を高精度で検出する

そこで私は、無症状期に心不全の原因疾患を比較的容易に見つける方法として、心電図に着目しました。

心電図は非侵襲的で、短時間で結果が得られます。また、40歳以上を対象に健康診断で実施されているため、大規模なスクリーニングが可能です。しかも、本研究で扱うシャツ型心電計をはじめ、Apple WatchやFitbitなどの装着型デバイスを使うことができれば、自宅でも検査できます。一方で、エコーやMRIに比べて心疾患検出の精度が低いというデメリットがあります。

この問題を克服するために注目されているのが、人工知能(AI)です。健診で用いられる12誘導心電図を学習させると、専門医を大きく超える精度で心疾患を検出できることが、近年明らかになってきました。「誘導」とは、心筋の電気的活動を捉えるための電極の配置法です。12誘導の場合、両手足・両足首と胸部6カ所に計10個の電極を装着します。

こうした流れを踏まえたうえで、本研究では、まず12誘導心電図から心疾患を検出する高精度のAIの作成に取り組みました。対象としたのは、無症候性心機能低下、心アミロイドーシス、心房中隔欠損の3つの疾患です。これらは無症状期に発見すれば治療可能ではあるものの、検出が困難で放置すると心不全につながるリスクがあります。

そして何より重要なのは、患者が自宅で簡単に検査し、心疾患を検出するシステムの創出です。そのためのデバイスとして、先ほど例にあげた「シャツ型心電計」を選択しました。これは既存のホルダー心電計同様、3誘導心電図が取得可能であり、すでに医療機器として承認されております。

今回の研究では、12誘導心電図から心疾患を検出する高精度AIをもとに、シャツ型心電計で得られる3誘導心電図から心疾患を高精度に検出するAIの開発を目指します。

AIを用いた検出精度は、Apple Watchなどの1誘導では低いものの、3誘導あれば心臓の活動を3次元的に捉えることができるため、12誘導と同程度の精度で心疾患を検出できることがわかっています。また、病院で装着してもらう必要のあるホルター心電計とは異なり、シャツ型心電計は患者本人による着脱が可能です。そのため、このデバイス用のAIが実現すれば、患者が宅配便で届いたシャツを装着し、医療機関に返送するという方法で心電図を取得し、心疾患を高精度に検出できるようになります。

連合学習と転移学習を組み合わせ、AI学習の技術的課題を克服

AIの学習において最もネックとなるのが、学習データの収集です。

単一施設で収集した12誘導心電図データを学習させたAIは既に開発されていますが、高精度かつ汎化性能(学習に用いていない未知のモデルデータに対しても、正確に判断・予測する能力のこと)の高いAIを作成するためには、膨大かつ多様なデータを多施設から集めて学習させる必要があります。しかし、個人情報保護の観点から、患者の医療データを多施設で共有したり、活用することは困難です。また、シャツ型心電計は開発から日が浅いため、AIの学習に十分なデータを集めることが難しいというデメリットがありました。

そこで、本研究では「連合学習」と「転移学習」を組み合わせて、これらの課題の解決を目指しました。

「連合学習」とは、複数の施設で同じ形状のAIをそれぞれ学習させ、AIが学習した重み(出力が正しい結果になるよう、各入力にかけ合わせる数値)のみを中央に集めて平均化し、重みを各施設に再送信して学習を繰り返す、という手法です。これによって、個人情報を共有することなく、多施設のデータを学習し、高精度なAIを実現できます。

連合学習の仕組み

また、AIの学習を支えるニューラルネットワークは、入力に近い「浅い層」で一般的な特徴を学習し、出力に近い「深い層」で目的とするタスクに特異的な特徴を学習します。複数のデータを入力する場合でも、入力データの種類や性質が似ていれば、浅い層での学習はほぼ共通したものになるため、必要以上のデータを追加学習させる必要はありません。「転移学習」はこの仕組みを活用し、事前に別のデータや別の目的で学習させた「浅い層」の重みを固定し、「深い層」のみを追加学習させることで、効率よくAIを目的に適応させます。

転移学習の仕組み

この手法を応用すれば、シャツ型心電計のデータ量が限られていても、目的に沿ったAIを実現することが可能なのです。

より高精度な12誘導心電図AIと、シャツ型心電計AI実現のイメージ図