所属
北海道大学 遺伝子病制御研究所 分子細胞生物研究室

職名
准教授

キーワード
ウイルス感染 翻訳後修飾 カルボキシル化

助成期間
令和4年度~

研究室ホームページ
2013年3月
東京大学 工学系研究科 博士課程 化学生命工学専攻修了 博士(工学)

2013年4月
東京大学 分子細胞生物学研究所 博士研究員

2013年10月
同大学 薬学系研究科 分子生物学教室 特任助教及び助教

2021年3月
北海道大学遺伝子病制御研究所 分子細胞生物研究所 准教授


セントラルドグマとの出会いを機に、生物学に関心を持つ

生物学に関心を持つようになったのは、大学の講義がきっかけです。高校生までは、私にとって生物学は暗記科目にすぎず、学問として面白くないと思い込んでいました。しかし、あらゆる生命現象がセントラルドグマに則って機能していることを知ったとき、大きな衝撃を受けました。セントラルドグマとは、遺伝情報であるDNAの塩基配列がRNAに転写され、タンパク質に翻訳される過程のことです。これが生物の特徴や細胞の性質を決定づけていたのです。自分も生命現象の基盤となるロジックを発見、追求したいと考えるようになりました。

その後、後藤由季子先生の分子細胞生物学研究室に所属し、ウイルス感染に対する細胞の初期防御機構について研究するようになりました。これが現在の細胞内タンパク質の翻訳後修飾に関する研究につながっています。

IPS-1のカルボキシル化修飾がウイルスの初期防御機構に大きく関与

ウイルスが生体内に侵入すると、抗ウイルス活性を持つI型インターフェロンを産生して細胞内のウイルス増殖を抑えたり、または、ウイルスに感染した細胞をアポトーシス(細胞死誘導)によって取り除いたりさせるという方法でウイルスに対抗します。私は挑戦的研究助成に採択される前、この2つの手法がどのように使い分けられているのかを研究し、抗ウイルス応答に必須の因子である膜タンパク質IPS-1(MAVS)のカルボキシル化修飾を発見しました。

DNAの塩基配列に基づいて合成されたタンパク質の多くは、様々な化学的な修飾が付加される「翻訳後修飾」の過程を経て、機能を発揮します。タンパク質を私たちの「体」であると考えた場合、翻訳後修飾は私たちの体が身に纏っている「服」に例えることができると思います。そのままでも体は存在しますが、TPOに合わせて体に服を着せ変えることで適切な行動が出来、時には役割を変えることも出来ます。タンパク質も同様に、翻訳後修飾によって活性がオンになったり、細胞内の適切な場所に運ばれたりします。つまり、翻訳後修飾があることで、タンパク質も動的で適応的な役割を果たせるのです。「カルボキシル化修飾」はその一つで、唯一の修飾酵素であるGGCXによって触媒される修飾です。

実のところ、これまでカルボキシル化修飾が報告されたタンパク質は約20個のみで、しかも細胞外で機能するものばかりでした。これに対し、IPS-1はミトコンドリア外膜上、すなわち細胞内に局在しています。

その役割を調べたところ、IPS-1はカルボキシル化修飾を受けることで、アポトーシスからI型インターフェロン産生への切り替えができるようになり、ウイルス感染に対する細胞の初期防御機能において、重要な役割を持っていることが明らかになりました。

IPS-1のカルボキシル化修飾によるウイルス防御機構

改良した検出法で、細胞内カルボキシル化修飾タンパク質の網羅的探索に取り組む

細胞内でカルボキシル化修飾されたタンパク質がこれまで検出されなかった理由の一つとして、カルボキシル化修飾が熱や酸性に弱いなど構造的に不安定であり、従来の抽出方法や質量分析が適していなかったことが挙げられます。私はIPS-1以外にも細胞内カルボキシル化修飾タンパク質が存在し、様々な生命現象に関わっている可能性があると考え、抽出・分析方法の改良に取り組みました。その結果、IPS-1以外の候補因子を多数検出することに成功しました。

そこで本研究では、さらなる網羅的探索と、候補因子の解析に取り組んでいます。

改良した抽出方法と解析方法で、細胞内カルボキシル化修飾タンパク質の探索と同定を実施

なお、カルボキシル化修飾タンパク質の検出法には、他分野の知見を取り入れながら、現在も改良を重ねています。最近では、陰性電荷を持つカルボキシ基(COOH)が近接して存在する「ジカルボキシル基」に配位する、2価の陽イオンであるカルシウムを加えることで、細胞内カルボキシル化修飾タンパク質を安定的に検出できるようになりました。

カルシウムはタンパク質分解酵素の働きに重要であるため、従来の抽出方法ではキレート剤によってカルシウムをキレートしてタンパク質分解酵素の不活性化が行われる。しかし、カルボキシル化修飾タンパク質によっては、カルシウムを加えることで安定的に検出できることがある