所属
東京大学 大学院 理学系研究科 生物科学専攻

職名
准教授

キーワード
ヒト固有遺伝子 進化 大脳皮質

助成期間
令和3年度~

研究室ホームページ
2010年3月
総合研究大学院大学 生命科学研究科 遺伝学専攻(5年一貫博士課程)修了

2010年4月
国立遺伝学研究所 脳機能研究部門 遺伝学研究所 博士研究員

2018年3月
ベルギー・ブリュッセル自由大学(ULB) 博士研究員

2019年1月
東京大学 大学院 理学系研究科 生物科学専攻 准教授


基礎研究の延長線上で「ヒトらしさ」や、個人差の形成に関心

もともと生物に関心があり、大学の講義をきっかけに進化の研究を志すようになりました。当初は基礎研究が中心だったのですが、その延長線上で「ヒトらしさ」がどのように生まれたのか、またヒトに進化した後、個人差がどのように生まれたのかに関心を持つようになった次第です。 

特に脳は「ヒトらしさ」に大きく関わる重要な臓器です。著しく発達した脳があるからこそ、人間は高度な認知能力を獲得し、文明を築くことができました。しかし、その反面で、脳を構成するニューロン産生プログラムの暴走により、脳腫瘍などの疾患も生じます。

そこで、脳の大きさをはじめとする「ヒトらしさ」や人間の特徴が生まれた理由を“遺伝子”から明らかにできないかと考えて、ヒト固有の遺伝子を見つける作業に取り組みました。実は本研究より前に、NOTCH2NL遺伝子というヒト固有の遺伝子を発見し、この遺伝子機能によりニューロンが増え、脳容積が拡大したことを明らかにしました。本研究では、これをさらに進めてヒトらしい脳発生と疾患をもたらす遺伝子プログラムをさらに詳しく解明することにより、ヒトの脳進化を理解するとともに、脳腫瘍などのヒト固有の疾患メカニズムの理解や治療法の開発につなげ、安全安心な社会の実現に貢献することを目指しています。

3段階の実験で、ヒト固有遺伝子プログラムの機能発現の仕組みを解明

上述の目的を達成するために、研究は大きく分けて3段階で実施しました。

第1段階では、ヒトのES細胞と類人猿のiPS細胞から誘導した大脳皮質幹細胞サンプルを使用し、比較オミクス解析(生体に存在する分子全体を網羅的に調べる技術)を組み合わせた情報学的解析に取り組みました。ただし公共のデータベースでは、ヒト固有遺伝子プログラムの大部分が見逃されています。この課題を克服するために、3種類の解析を組み合わせることで(下図参照)、脳発生に関わるヒト固有遺伝子プログラムを網羅的かつ統合的に探索しました。

第2段階では、これまでの研究で発見されたヒト固有遺伝子プログラムについて、脳発生や脳腫瘍に関わりうるもののスクリーニングを行いました。2種類の大脳皮質幹細胞と脳腫瘍がん細胞のES細胞から作製した分化培養実験モデルに、ヒト固有遺伝子プログラムを導入することで、幹細胞の増殖やニューロンへの分化に影響を与える遺伝子を探索しました。

第3段階では、前段階までの実験で、重要な機能を持つことが裏付けられたヒト固有遺伝子プログラムを詳細に調べました。そのうちの一つが、遺伝子改変マウスでの実験です。該当の遺伝子プログラムを持つ遺伝子改変マウスを作成し、脳の解剖学的特徴などにおいて、野生型マウスとの違いを検証しています。

これらの研究を通して、ヒト固有遺伝子プログラムの機能発現の仕組みを、ゲノムから細胞、組織、個体までの全ての階層を通して明らかにすることができました。

研究全体のイメージ図

ヒト固有遺伝子の突然変異が、ヒトの脳進化を促進

次に、重要な機能を持つヒト固有遺伝子プログラムに対して、どのような進化を経て現代人型の遺伝子になったのか、その解明に取り組みました。

注目したのは、先ほどお話ししたヒト固有のNOTCH2NL遺伝子です。ヒトのゲノム中には、わずかに異なる4種類のNOTCH2NL遺伝子が存在しており、胎児期に大脳皮質幹細胞で発現することでニューロンの数を増やし、脳容積を拡大します。2023年に公開された国際コンソーシアムのゲノムデータセットを用いて詳細にデータ解析した結果、4種類をそれぞれ区別するとともに、重要度が高いと考えられるものを判別することができました。

また、そのうちの1種類には、アミノ酸の置換が生じているケースが多いことが判明しました。これは、類人猿からヒトへの進化過程の中では、ごく最近生じた突然変異です。にもかかわらず、ひじょうに多くの人に普及していることから、人類の進化に重要な意味があると推測し、分化培養実験モデルを用いて検証しました。該当の変異型NOTCH2NL遺伝子を導入した神経幹細胞と、野生型を導入したものをそれぞれ培養した結果、変異型ではより多くの遺伝子が発現して多くのニューロンが産生されました。つまり、NOTCH2NL 遺伝子の突然変異には神経回路を複雑化させ、脳容量を拡大する作用があることが裏付けられたのです。

最後に、NOTCH2NLの突然変異がもたらす遺伝子機能の変容について調べました。その結果、変異型の遺伝子には、野生型の遺伝子とは異なる「細胞内での局在」が見られることがわかりました。また、神経幹細胞における細胞内局在の違いが、ニューロンを生み出す活性の違いにつながっていることがわかりました。

ここまでの研究で、NOTCH2NL 遺伝子の突然変異について、ゲノムから細胞、組織、個体レベルに至るまで、複数の階層を跨いでどのようなことが生じているのかを解明し、「階層性を超えた生命基本原理」という挑戦的研究助成の趣旨に近づくことができました。

NOTCH2NL 遺伝子の変異は50万年前ほど前から存在し、ネアンデルタール人のゲノムからも見つかっている。また人種・民族によらず高い割合で変異が見られることから、人類が各大陸に拡散するよりも前に普及していたことがわかる