「光遺伝学的アプローチを用いた多数個体間の社会性行動の神経メカニズム解析」

個体から社会へ。新しい階層への扉を開く

現状の神経科学は、「遺伝子」「神経」「個体」という三段階のスケールで構成されています。私たちの研究室では、これらの上に位置付けられる「集団」という新しい階層に着目し、集団レベルの現象を神経科学の視点で解き明かすことに挑戦しています。

たとえば、今、熊本大学の三浦恭子先生との共同研究のもと、30匹ほどの個体からなるデバネズミのコロニーの行動パターンなどにもアプローチしようとしています。三浦さんとは、学術変革領域「死の脳内表象」という領域を立ち上げており、デバネズミの社会においてコロニーメンバーが死んだとき、どの立場の個体がどう動いて、集団としていかに変化していくかといった検証も行っています。人間社会にも通ずる社会構造やその変化を観察できて、とても興味深いです。

夜な夜な練ったアイディアが、時宜を得て実を結ぶ

今の主な研究対象はマウスですが、大学院生の頃はメダカの研究をしていました。一般にメダカの雌は、初対面の雄より、知っている雄の求愛を受け入れやすい傾向があります。そのメカニズムを調べるうちに、メダカの雌の脳には、雄の求愛に対する反応を拒絶から受け入れに変化させるニューロンがあることを発見しました。

この研究成果を携えて世界を放浪し、「セミナーさせてください」とあちこちのラボを訪ね歩く一方で、当時報告されたばかりのオプトジェネティクスの手法を用いて、メダカの脳内で活動したニューロンを標識する方法や、ニューロンを選択的に活動させる方法を開発しようと奮闘しました。夜な夜なアイディアを練っては、メダカで実験を繰り返しましたが、結果はことごとく失敗。

失意の中にあったとき、国際学会で目にした利根川進ラボの研究ポスターが人生を変えました。このポスターに衝撃を受けると同時に、自分の方向性が正しかったことを確信しました。その場で「利根川ラボで研究しよう」と決意した私は、ボストンに飛んで利根川先生への猛アタックを開始しました。その甲斐あってラボの一員となってからは、まさに実験漬けの日々。メンバーにも恵まれ、温めてきた数々の構想を実現することができました。

希望を胸に進学した大学院の研究室で、本当にゼロの状態から研究がスタートした。生物が他者を記憶する仕組みや、記憶と行動をつなぐメカニズムへの興味は、当時から変わらない

生き生きと切磋琢磨できるラボで、更なる飛躍を目指す

独立して自分のラボを持つことが決まり、帰国したのが6年前。セコム科学技術振興財団の研究助成を受けていたこの3年間は、様々なプロジェクトを動かしながらラボを成長させる時期でもありました。研究室のメンバーが増え、実験のアイディアも次々と湧いてくるなかで、金額が大きく、柔軟に使える研究助成金の存在は本当にありがたかったです。立ち上げて間もない研究室のマネージメントに悩むことも多く、試行錯誤の日々でしたが、おかげで新しい論文も複数出すことができて、これまでの努力に対する確かな手応えを感じています。

多数個体間の研究はまだ始まったばかり。私だけでなく、意欲溢れるラボメンバーからもどんどんアイディアを出してもらって、様々なアプローチで研究を発展させていきたいです。

人間社会でおこる現象を科学的に理解するためには、神経科学や行動科学の視点が必須。これからも、脳のメカニズムを一つ一つひもといていきたい