活動休止現象は、哺乳類胚の発生休止以外にも、多くの生命現象で存在します。動物の冬眠や植物種子の休眠など、生物種のみならず、細胞−組織−個体、そして時間というスケールの階層を超えて確認されている現象です。しかしながら、従来の研究ではそれぞれの分野ごとで研究されてきました。
そこで「多様な活動休止現象には階層を超えた共通原理が存在する」という仮説をたてて、潜伏がん細胞、造血幹細胞、冬眠細胞の研究を行っている共同研究者の実験データを分析しています。将来的にはそれぞれの活動休止現象に関わる候補因子を特定し、「組織幹細胞」「冬眠」「発生」に共通する基本原理を見出すことを目指しています。
たとえば、健康に悪影響を与えず無症状のまま潜伏している「潜伏がん」は、がん細胞が休止状態にあるため検査等で見つけることは困難です。もし、活動休止現象のメカニズムを解明して「休止」から「再開」への移行を止める方法が見つかれば、潜伏がんの発症予防に大きく寄与できるかもしれません。
そのために、本研究では最新のトランスオミクス技術や発生工学的手法を駆使し、発生休止に関わる経路を絞り込み、子宮から胚にどのようなシグナルが送られているのかを突き止めるべく尽力しています。
また、マウス胚の発生休止メカニズムを解明することは、休止という観点から見た通常胚発生メカニズムという新たな視点や発見をもたらしてくれると期待しています。
挑戦的研究助成に申請したときは、まだ何も実績がない状態でした。それでも採択していただいたおかげで、ここまで研究を進めることができました。
階層を超えた共通原理を見出すことが「ホップ・ステップ・ジャンプ」の「ジャンプ」であれば、本研究は第一段階の「ホップ」です。立ち上げの段階で3年という長期間にわたって助成金をいただけることはたいへん有り難く、心から感謝しています。
メンタリングでは専門分野が異なる先生からご質問やご意見をいただき、初めて知ったことや気づけたことが多く、とても新鮮でした。その中でも選考委員でメンターである桜田一洋先生と後藤由希子先生、古関明彦先生には、目の前の実験や研究ばかりではなく、将来を見据えた大きな視野でお話しをしてくださいました。おかげさまで、これから成し遂げるべき方向性が見えてきたと感じています。
発生休止のマウス胚で一部の細胞が働いていることはわかりましたが、受精卵の発生が一時的に止まり、再開する一連の現象の中でどのような役割を果たしているのかは、これから実験で明らかにしていく必要があります。その第一段階であるマウス胚の発生休止メカニズムの全容解明には、まだ多くの時間を要するでしょう。
しかし、多くの休止研究者と共同して活動休止現象の共通原理を発見できれば、医学のみならず食品工学や植物学、動物学などにおいても発展が見込めます。最終的には新たながんや感染症の予防方法の開発、食糧危機対策、絶滅危惧種の保全など、幅広い領域で社会の安全安心の実現に寄与できると信じ、これからも研究を続けていきます。