「共鳴フリーな統合的1分子振動分光法の創出と階層を超えた生命原理の解明」

祖父の顕微鏡が原点の一つ

私がこのようなナノレベルの世界での計測に興味を持ったキッカケは、幼い頃の体験です。小学生の頃、地質学者だった祖父が、採取してきた岩石のサンプルを顕微鏡で見せてくれました。そのとき私は初めて、目には見えない小さな世界が存在することを知りました。

その顕微鏡が販売された頃は、価値が「家1軒分」と同じくらいだったそうです。しかし、祖父はおおらかな性格で、小学生の私に自由に顕微鏡を使わせてくれました。

私は岩石のほかにも、花粉や消しゴムのカスなど、幼い好奇心の赴くままに顕微鏡でのぞき、まるで万華鏡のようなミクロの世界にあっという間に魅了されてしまいました。高校生になって進路選択を迫られる頃には、ごく自然に「研究者になる」と決めていました。

私の目標は、生物の生命現象を正確に観察する装置を作ることです。そのためには物理学をしっかり理解する必要があるため、大阪大学工学部に進学し、物理学を専攻しました。

地質学者の祖父が見せくれた、ミクロ世界。研究者を目指すキッカケとなった大切な顕微鏡は、いつも手元に置いてある

僅かな誤差も許されない、繊細な作業が必要

本研究で最も大変だった点は、光学的な調整です。金ナノ粒子を使用した方法に比べると、プラズモン超集束による超広帯域ナノ増強光場の誘起は簡便なのですが、それでもやはりナノメートルの世界ですから、僅かでも光線を当てる位置がずれてしまうと、実験を進めることができません。

また、テーパー型金属片の表面は、できるだけ凹凸のないように仕上げる必要があります。この作業も繊細さが要求されるため、神経を使いました。

照射する光の帯域が広すぎるため、検出する側のカメラの性能が追いつかないという問題もあります。現在は可視光の検出、赤外線の検出など、それぞれシリコンやインガスなどを使用した別のカメラを使い分けていますが、製品化に向けてそれらのカメラを統合させる技術も必要です。助成金ではMCT検出器という高価な機器を購入できたため、非常に助かりました。

今はまだ苦労のほうが先行していますが、現状の単純な分子の計測から、いずれはペプチドなどの高分子構造の計測を実現できると考えています。

助成金で購入したMCT検出器。これにより、研究を大きく前進させることができた

サポーティブな研究助成制度

セコム科学技術振興財団の挑戦的研究助成制度は、大学からの情報共有で知りました。最初は「セコム? 自分の研究には関係ないな」と勘違いしていたのですが、要項をよく読んでみると、募集テーマに「階層性を超えた生命基本原理:統合的アプローチ」と書かれていたため、これは自分の研究にマッチしている、挑戦するべきだと直感し、応募を決意しました。

それまで採択された研究助成制度は、1年間のみ、100万円以下のものがほとんどでした。そのため、1年300万円×3年間という、ある程度のまとまった金額で中期に渡って助成していただけるなら、安定的に研究を進めることができるという期待もありました。

しかし、書類審査後の最終面接で、選考委員の先生から「結局、これで『何』が計測できるのですか」と、厳しい一言を頂戴しました。“模範解答”は用意していたのですが、しどろもどろの受け答えとなってしまったため、帰りの新幹線では「もうだめだ、落ちた……」と、ずっとうつむいていました。そのため、採択の通知を事務局からいただいた時は、飛び上るほど嬉しかったです。

もう一つ嬉しかったことがあります。年に一度、担当の先生に研究の進捗状況を報告し、アドバイスを受けることができる「メンタリング」です。他の助成団体にもこのような制度があるのかどうかは知りませんが、なんという「研究者に親切な制度」だろうと、深く感心しました。

さらに、次年度への継続審査終了後に、選考委員の一人である黒田玲子先生がわざわざ我々の研究室を訪ねてくださいました。そのとき、黒田先生のご専門である巻き貝の細胞をお持ちになられたため、丸1日、黒田先生と研究をご一緒することができ、非常に有意義な時間を過ごすことができました。ほんとうに行き届いたサポーティブな制度だと思います。

「おめでとう」よりも「ありがとう」と言われる研究者を目指して

研究者として、私は常に心に刻んでいる言葉があります。ある恩師の先生からいただいた「“おめでとう”より“ありがとう”と周囲から言われる研究者になりなさい」という言葉です。

論文をたくさん出し、学術的に高度な研究を達成して、おめでとうと言われても、それがごく一部の人にしか役に立たないものであれば、どうでしょうか。私は、より多くの人から「私の研究の役に立ちました。ありがとう」と感謝されるほうが、単なる「おめでとう」よりも、はるかに価値があると思います。

「ありがとう」と言っていただける計測装置の実現に一歩でも近づけるよう、助成期間終了まで、全力で研究を進めていくつもりです。

恩師の言葉によって「他者の研究に寄与するものを作る」という、目指すべき研究者像が明確になった