日本学術振興会 特別研究員(DC2)
京都大学 大学院 理学研究科 生物科学専攻 博士課程修了(理学)
日本学術振興会特別研究員(PD)
日本学術振興会 海外特別研究員
Human Frontier Science Program(Long-term fellow)
京都大学 大学院 生命科学研究科 分子代謝制御学 助教
さきがけ研究者(兼任)
さきがけ研究者(兼任)
京都大学 大学院 生命科学研究科 分子代謝制御学 准教授
奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域 植物生理学研究室 教授
細胞の運命は、細胞外からのシグナルや内的要因による遺伝子の発現の変化によって決定されます。 私はこの細胞運命決定に「概日時計」がどのように関与しているのかを、主に植物を用いて研究しています。
概日時計とは、要するに生物の体内時計のことです。24時間周期でリズム信号を発振しており、生物であれば動物、植物に関わらず、異なる分子ではありますが類似した機構を有しています。最近の分子生物学から、時計遺伝子と呼ばれる遺伝子が時計タンパク質を合成し、それらが24時間周期で相互に転写・翻訳を繰り返していることがわかってきました。遺伝子発現に限らず、生体で観察される24時間周期のリズムを「概日リズム」と言います。
植物の挿し木をご存知でしょうか。枝を土に挿すと、そこから根が生えてきますよね。あれは、断ち切られた枝の末端の細胞が、いったん未分化細胞(幹細胞)へと脱分化し、根や維管束細胞(水や栄養を運ぶ細胞)へと再分化することによって起こる現象です。植物はこのような分化全能性を持ちますが、動物も、多少制限が付いた分化多能性を有しています。体の一部が千切れても生えてくるトカゲや蟹がこれに当たります。人工的に作製したES細胞やiPS細胞も、その一種です。
驚くべきことに、未分化細胞には、時計遺伝子が発現しているにも拘わらず、概日リズムが見られません。細胞分化によって、初めてリズムが見られるようになります。これは植物も動物も同様です。
この現象から、私は「幹細胞の時計遺伝子がリズムを持つことが、細胞分化にどのように関与しているのか、植物を用いて解析すれば、動物における細胞運命決定の機構も明らかにできるのではないか」と考えました。植物を対象としたのは、分化誘導にかかる日数が短期間(動物は約2-4週間、植物は3日間)であるため、動物細胞の遺伝子発現を解析するよりも、はるかに効率がいいからです。
まず、モデル植物であるシロイヌナズナの葉肉細胞を脱分化し、維管束細胞へ分化誘導する実験を行いました。この葉肉細胞は、3種類の時計遺伝子がノックアウトされたものです。結果、維管束細胞への分化は起こりませんでした。その後のさまざまな実験結果から「時計遺伝子の存在が、脱分化および細胞分化に強く影響している」ことが判明しました。
次に、時計遺伝子が具体的にどのような役割を持っているのかを解析するため、この分化誘導系に対して1細胞トランスクリプトーム解析(1細胞の中にある転写されたRNAを網羅的に捉える方法)を行いました。詳しい説明は専門性が高くなるため省きますが、この解析によって、植物と動物は本質的に類似したシグナル伝達経路を用いて、細胞運命を制御していることがわかってきました。まだまだこれからの解析が必要ですが、生命の細胞運命決定機構における概日時計の役割の解明に大きく近づいてきていると言えると思います。
しかし、今回用いた解析方法である1細胞トランスクリプトーム解析では、対象となる細胞が死滅してしまい、時系列情報を得ることができないというデメリットがあります。解析の時系列情報がわからなければ、従来の組織・個体レベルの発現解析の結果と比較検討することができないため、これ以上の進展を得ることができません。これは、生物種を超えた細胞運命決定の普遍原理を明らかにする上で、大きな課題となっていました。