「「自分をどれだけさらけ出せるか?」
;疾病予防・健康管理のための暴露意思量調査」

「なんとなく嫌」を解消し、「慣れ」も利用する

WTEの調査でまず見えてきたのが、センシングシステム(暴露量の多い見守りカメラで調査)を活用しない理由として、「なんとなく嫌」と思っている人が多いということです。

高齢者やその家族など、見守りサービスに関心がある人は半数近くもいるのに対し、実際の利用率は数%に留まるという調査結果もあります。産総研で実施した調査でも、見守りカメラを活用しない理由には、「なんとなく嫌」が圧倒的に多く、その他には「顔や行動、生活状況を見られたくない」「監視されているようで嫌だ」など、さまざまな理由で見守りカメラが活用していないことが分かり、この「なんとなく」を深掘りして明確な理由をつきとめ、その根拠をつぶせば、センシングシステムの普及につながると考えました。

そこで、カメラによるパーソナルデータのWTEと、利用者の諸条件(性別、独居か同居か、健康への不安、センサーの設置場所、サービスの魅力など)の関係性を調査しました。すると、WTEは「サービスに魅力を感じるかどうか」と「センサーの設置場所」の2つの因子に左右されますが、性別や健康への不安、独居か同居か、などは影響を及ぼさないという、興味深い結果が出ました。

また、センサーに対する「慣れ」についても、研究を始めました。見守りシステムを初めて導入する際の安心材料として、「ほとんどの人は、〇週間後にはカメラが気にならなくなる」という調査結果を示せば、利用者の心理的ハードルを下げられると考えたからです。

現在、協力者の自宅に長期間カメラを入れて、どのくらいの期間でどのような心理変化があるのかを調査しています。慣れ方は個人差が大きく出やすいものですが、性別による違いや、気持ちに変化が現れる過程など、その詳細が少しずつ解明されてきました。この調査は、助成期間終了後も継続していくつもりです。

利用者と技術者、それぞれ専用のガイドラインを作成

今後はこれらの研究結果をもとに、センシングシステムの「利用者向け」と「技術者向け」のガイドラインを、それぞれ作成したいと考えています。

利用者向けとしては、例えば「どのレベルまでのパーソナルデータを提供するか事前に話し合ったか」、「パーソナルデータをどの程度提供すれば、どのようなサービスが受けられるかを理解しているか」など、導入時に確認するべきチェック項目を整理する予定です。技術者向けには「ユーザーが納得できるWTEのレベルに合わせて、センサーが選べるようになっているか」という項目を入れたいと思っています。

現在は「このサービスを受けるためには、この程度のWTEが求められます。それが無理ならこのサービスは受けられません」というふうに、利用者側にはほとんど選択の余地がありません。しかしながら、WTEは個人差が大きいだけでなく、センシングへの「慣れ」とともに変化していきます。

初めは「これ以上さらけ出したくない」と思っていても、適切なフィードバックがあれば、次第に「もっと個人データを提供してもいいかな」「もっと自分のことを知りたい」と感じるようになるかもしれません。そのとき、利用者が、同種のサービスで、WTEに応じたセンシング方法を選べるように、利用者のニーズに適応していく必要があると考えています。

技術の力でエクイティ(公平性)の促進を目指す

私は、全ての人に同じサービスを提供する「イコーリティ(平等)」ではなく、個々の問題やニーズに合わせてサポートする「エクイティ(公平性)」が重要であるという観点から、この研究を進めてきました。

利用者のニーズは十人十色です。しかし、一人ひとりが自身のニーズに適合したサービスを自由に選択できる社会は、技術の力で実現できると考えています。技術を活用しきれていない今の社会に、役立つ技術を普及させるために、エクイティという視点に基づいた研究を続けたいと思います。

エクイティとイコーリティのイメージ

研究者としての強い思いを支援してくれた、挑戦的研究助成に感謝

ELSIの大切さは海外にいたときから感じていました。私が挑戦的研究助成に応募した当時、ELSI分野を対象とした大規模な研究助成は、セコム科学技術振興財団以外ほとんど見かけませんでした。採択していただき、本当にありがたかったです。

また、研究費だけでなく、素晴らしいメンターの先生から的確なご指摘とアドバイスを受けることができました。新しい研究テーマを模索していく中で、丁寧にご指導くださり、調査段階でぼやけていた課題のひとつひとつが自分の中で少しずつ形になっていく実感がありました。研究者として大きく成長させていただき、心から感謝しています。

挑戦的研究助成は、「これを明らかにしたい」という研究者としての信念と、ぶれない問題意識があれば、とても細やかに支援してくださる助成制度です。社会的課題の解決に強い思いを持つ研究者の方々に、ぜひ挑戦をしていただきたいと思っています。

暴露量だけでなく、暴露意思量(WTE)を基準にすることで、生活者に寄り添った技術開発ができるはず。利用者が自分に合った技術を自由に選べる時代は、必ず来ます