私の専門は地域健康教育で、学生時代は疾病予防、感染症予防の研究に取り組んでいました。そのため、まず課題を明確にし、どうしたら予防できるかという解決策を考えることが習慣になっていました。
ところが、最先端の技術開発を目指す研究施設では、明確な課題の設定がないまま、技術だけを先へ先へと進めてしまうことがあります。その結果、優れた技術が誕生しても、その技術を社会実装に結びつけることが難しいというケースが存在しています。
開発された先端技術を、どのようにして社会で活かしていくか。それを考えることは、非常に重要です。しかし、まずは生活の中にある課題に着目し、それを解決する技術を開発していくという、社会ニーズを基点にした技術研究がもっと進められるべきだと考えています。
私は普段、病院、保育施設や学校、介護施設に出向くことが多いため、テクノロジーの開発やいわゆる工学的な研究からは少し離れた立ち位置で仕事をしています。その一方で、産総研では技術についての知識や情報が常時更新される環境にあり、技術開発の現場と生活者との溝を埋める、橋渡しの役割を果たせればと思い、日々尽力しています。
少子高齢化が加速する昨今、高齢者の怪我や病気を治療するための医療開発は当然必須ですが、その前に、傷害や疾病の予防に対する重要性が高まってきています。たとえば、高齢者の転倒リスクは、一般的には問診、数メートルの歩行テスト、片脚立ちテスト等の方法で評価します。しかし、日常から離れた短時間の診断では「普段はできていないこと」が、その時だけ「できてしまった」というケースが度々起こり、正確な評価ができないことも多いのです。
特に高齢者は体力の衰えもあり、予防対策は早期に取り組むのが肝要です。ダイエットも、20㎏太ってから痩せるのは大変ですが、500g太った時に警鐘を鳴らしてくれたら、体重を元に戻しやすいですよね。認知症やその他の疾病についても、同じことが言えます。
そこで役立つのが、ビデオカメラやセンサーを使ってデータの収集と分析を行う、センシングシステムの導入です。
センサーは、人では分からない微細な変化も見逃しません。対象人物の日常動作をモニタリングできるのであれば、正確で膨大なデータを継続的に収集できます。そのデータをAIが分析して評価したり、アドバイスを行えば、問診票や簡単なテストで、人だけで分析するよりも質の高い予防策の提案が可能になります。
普段の生活行動をセンサーでモニタリングし、傷害や疾病を予防できるのであれば、素晴らしいことです。基本的に、取得するパーソナルデータが多ければ多いほど、技術的にできることも多くなり、サービスの質が高くなります。
一方で、プライバシーを無闇にさらけ出したい人はいません。サービスの質とプライバシーの確保はトレードオフの関係にあるため、サービスの質が制限されてしまうという現状があります。
そこで「どのくらい自分をさらけ出せるか」という暴露意思量をWTE(=Willingness to Expose)と定義し、システム利用の倫理的、社会的課題(ELSI:Ethical, Legal and Social Issues)を丁寧に理解して、WTEとそこから得られるベネフィットの関係を調査しようと考えました。
センシングシステムのWTEについての研究は、前例がありません。全てゼロからの手探りでしたが、失敗と改良を繰り返しながら研究を進めてきました。