「集団責任論と価値の多元主義を基底とするデュアル・ユース研究・技術の倫理的評価法」

科学者・技術者だけではなく、一般市民を含む多様な価値観をも反映させ、理論と実践の架け橋となるように

評価の枠組みとして、まず思いついたのは、研究者や技術者自身が研究や技術のデュアル・ユース性を意識しながら、自主規制を行っていくための仕組みを作るという方向性でした。具体的には、ある研究を計画・着手する段階、実際に進めていく段階、そして成果を公表する段階のそれぞれについて、研究者や技術者同士で適切に相互評価(ピアレビュー)をし合うための道具立てを構築する、というアイデアです。

ところが、本研究助成制度のメンターの先生方に話すと「甘い。もっと科学技術と社会の関係について考えるように」との厳しいお言葉をいただいてしまいました。そこで私の計画に欠けていた「社会」という視点を入れて、研究内容を見直すことにしました。

その頃、ちょうどEUでは研究開発の初期段階から多様な立場の人々を巻き込んでいく、通称RRI(Responsible Research & Innovation、責任ある研究・イノベーション)という枠組みが注目され、様々なフィールドで広がりを見せていることを知りました。一般市民を含む多様なステークホルダーを科学技術に関する対話の場に招き入れ、ともに話し合うことで、多様な価値観や考えを拾い上げ、研究開発の評価に生かすのです。

この考え方に大きなヒントを得て、科学者・技術者といった専門家の目線だけではなく、「科学技術と社会」の二点を軸にしたアプローチができないか、と考え始めました。

研究と並行して、先端科学技術のあり方について市民とともにざっくばらんに語る「哲学対話カフェ」も主催。「一般の方々の多種多様な声がリアルに聴ける場を大切にしていきたい」と語る小林先生

多くの仲間と議論を深め、重要なポイントを押さえつつ使い勝手の良いガイドラインを構築していく

最終的には、研究開発の審査・評価の際に参照されるガイドラインや手引きの形に落とし込めたら、と考えています。現行の公的研究費の応募や審査の手引きには、研究によって生じうる影響を考慮することを促す記述はありますが、どのような観点から評価したらよいのかを示す説明はありません。そこにもっと具体的で実効性のあるガイドを補うことが将来的な目標です。

研究実施の是非を問うといっても、計画の立案や審査に関わる全員がすべての事項に対して神経を尖がらせることは非現実的でしょう。各人の専門分野に関する知識と掛け合わせることで、誰もがあまり負担を感じずに重要なポイントをしっかり押さえることができるような、コンパクトで使い勝手の良いガイドが求められていると思います。また、新たな研究開発の可能性を閉ざしたり現場を萎縮させるような方策を回避することも課題です。この研究では、多様な立場の人々の価値観を反映しうる、きめ細やかな評価指標の策定に向けた素地を作っていくつもりです。

デュアル・ユース研究(技術)の倫理的評価法の構築は、安心安全な社会の実現に必要不可欠かつ喫緊の課題といえる

もちろん、実際にガイドラインを策定するのは政府や研究機関、学会などですから、そうした機関や団体の目に止まり「使えそうだ」と思ってもらえるような研究成果を出さなくてはなりません。政府が一般市民から意見を募るパブリックコメントなどに、積極的に意見を寄せていくことも必要だと考えています。

そして、やはり何より大切なのは仲間づくりです。同じゴールを見据えて活動している、倫理学・法学・社会学の専門家はもちろんのこと、研究開発の現場にいる方々と接点を持って、ともに議論を深めていきたいと思っています。

他分野の専門家と連携しながら、倫理学の知見を科学技術開発の現場に応用し、デュアル・ユースの観点を取り入れた「使える」枠組みづくりに繋げたい

これまでとは違う角度から研究を深め、新たな研究にも繋がる、大きな一歩となった

研究上のサーヴェイのために「ELSI」でウェブ検索をしていた時に、セコム科学技術振興財団のウェブページがヒットしたのがきっかけで、この助成制度を知りました。「私の関心にぴったりな制度だ」と興味を惹かれると同時に、錚々たる研究者の方々が名前を連ねる採択リストを見て「(当時)大学院生の自分には場違いでは」と気後れもしましたが、「自分の専門分野にこもって論文を書くだけではなく、社会に広く訴求するような、これまでと違った角度から研究が深められるのではないか」と希望を感じ、応募を決めました。

採択していただき、手厚い支援をいただけて大変助かっています。特に、新型コロナウイルス感染症流行の影響で、研究環境を整えるために当初は予定していなかった物品を購入する必要が出てきたのですが、柔軟な対応を認めていただいたおかげで、研究への影響を最小限に抑えることができました。また、各年度の半ばに行われる選考委員の先生方とのメンタリングから、毎回大きな刺激を受けています。異分野の専門家から親身になって指導いただける機会は滅多にないのでありがたい限りです。

助成をきっかけに、他機関の方々との共同研究が始まり、公募の選考過程でも評価いただけるようになりました。複数のルートから学際的な研究が実現したことは、私にとって大きな前進です。

ELSI分野は、研究方法がまだ確立されているとはいえない発展途上の分野です。「専門領域から一歩外へ出て、これまでに取り組んできた研究を違う角度から深めたい」という方にぜひ飛び込んでいただきたいです。

「ELSI分野はまだ発展途上の分野。多くの人と関わって理論と実践の両面で発展に貢献したい。10年後を考えると楽しみです」と意気込む