所属
玉川大学 量子情報科学研究所

職名
教授

キーワード
物理レイヤ暗号化 無線通信 ミリ波 

助成期間
令和2年度〜

研究室ホームページ
2009年3月
東京大学 大学院 工学研究科 電子工学専攻 博士課程修了 博士(工学)

2009年4月
独立行政法人(2015年4月から国立研究開発法人) 産業技術総合研究所 特別研究員

2017年4月
玉川大学 量子情報科学研究所 准教授

2022年4月
玉川大学 量子情報科学研究所 教授


学生時代から光ファイバ通信の研究に従事

私は学生時代から光ファイバ通信の研究に携わってきました。現在の大学に赴任したのをきっかけに、暗号化などセキュリティの研究にも取り組むようになったのです。

その中で、現行のセキュリティを大幅に向上させる技術として、物理レイヤ暗号化に注目するようになりました。

既存の暗号技術の問題点と、物理レイヤ暗号化の強み

現在の暗号化通信システムでは、送信者がデジタル化したデータ(平文)を共有鍵によって不規則な暗号化データ(暗号文)に変換(デジタル暗号化)してから送信し、同じ共有鍵を持つ正規の受信者のみがデータ(平文)を復号できる、という仕組みになっています。「デジタル暗号化」と呼ばれるこの仕組みにおいて、共有鍵によるデジタル暗号化は上位レイヤに実装されている一方で、実際にデータを運ぶ信号のやり取りは最下位の物理レイヤで行われていますが、近年では盗聴者が信号を物理レイヤから傍受して暗号化データを蓄積し、長時間かけて解析することで、データ(平文)が復元される危険性が指摘されるようになりました。

これを防止できるのが、先述の物理レイヤ暗号化です。この手法では物理レイヤにおいて、送信データに共有鍵で生成した疑似乱数を追加し、アナログ的な電気信号(電気多値信号)に多値変調します。そして、これを光信号に変換して送信します。光信号を受信する際に必ず生じる量子雑音の効果を用いて、個別の信号が判別できない状況を作り出すのです。量子雑音は真にランダムであるためどれほど完璧な解析をしても除去は不可能なので、盗聴者が正しい暗号化データを蓄積することを根本的に防ぐことができます。

物理レイヤ暗号化(下図)では、送信データを共有鍵によってアナログ的に変換することで、盗聴者による傍受や暗号化データの蓄積、情報の復元を防ぐ
光多値信号においては、量子雑音によって各信号の位相や振幅に不確定性が生じる(隣接する信号が覆われる)ため、送信データや共有鍵が秘匿される

一方、正規受信者は、共有鍵を持っていることにより、それぞれのデータに加えられた疑似乱数を知っています。これは、図に示す位相変調の場合では、「どの位相を基準としてデータ変調が行われたか」という情報に相当します。これがわかると、信号間距離が十分に離れており、量子雑音の影響をほとんど受けないデータ変調信号に復号し、正しく受信することができるのです。

展示会への参加をきっかけに、無線通信への応用可能性を検討

私は、光を極めて多値に変調する方法を独自に考案し、この量子雑音マスキングを用いた物理レイヤ暗号化を大容量光ファイバ通信に応用するための研究に取り組んできました。また、技術の普及を目指して、玉川大学が開発した暗号化光トランシーバをIT技術やエレクトロニクス関連の展示会に出品してきました。

展示会では多くの方々に興味をもっていただき、「この技術を無線通信に適用できないか」とのご意見を多く頂戴しました。そうした経験を経て、物理レイヤ暗号化の無線通信への応用可能性について考えるようになったのです。

光ヘテロダイン検波によって、物理レイヤ暗号化を無線通信に適用

物理レイヤ暗号化を無線通信に応用するにあたり、最大の障害となるのが周波数の違いです。というのも、量子雑音による信号の秘匿効果は、信号周波数の平方根に比例します。そのため、光波に比べて格段に周波数の低い無線の電波帯では、十分な秘匿効果が得られないのです。

そこで私は、光ヘテロダイン検波を用いた手法を、独自に考案しました。この手法では、まず、送信データを先述した手順で多値変調してから、量子雑音による十分な秘匿効果が得られる周波数の光信号(光波物理暗号)に変換します。そして、その光信号に、わずかに周波数の異なる光(局発光)を混ぜ合わせて検波することで、両者の差に等しい電波の周波数に変換するのです。その結果、電波帯でも十分な秘匿効果が得られます。

このアイデアに関しては、すでに国際特許を出願していますが、無線通信システムへの本格的な適用に向けた研究を進めたいと考え、今回の助成に応募しました。

光ヘテロダイン検波による電波帯信号の暗号化の概要