所属
神戸大学大学院システム情報学研究科 情報科学専攻

職名
准教授

キーワード
電気電子工学 情報学 半導体

助成期間
平成30年4月─令和3年3月

研究室ホームページ
平成19年

慶應義塾大学大学院理工学研究科 後期博士課程修了 博士(工学)


平成19年

日本学術振興会 特別研究員(PD)


平成20年

慶應義塾大学大学院理工学研究科 特任助教


平成24年

神戸大学自然科学系先端融合研究環 特命助教


平成27年

フランスTelecom ParisTech 訪問研究員


平成28年

神戸大学大学院システム情報学研究科 情報科学専攻 准教授


平成30年

JSTさきがけ研究員(兼務)



より高性能な集積回路を設計できる、という自信が生まれた

もともと、研究者になるつもりはありませんでした。大学進学の際、電子工学の道を選んだのも、将来の就職を見据えてのことです。そんな中、大学3年生の時に受けた集積回路設計の講義で衝撃を受けました。設計図を書き、実際に作ることで、私にとってはそれまで“記号”でしかなかった集積回路が、初めて“形あるもの”に変わったのです。

その後「作り方さえ分かれば、自分にも高性能な集積回路を作ることができる」という自信が生まれました。大学院に進み、博士課程でさらに研究を進め、次第に周囲から認められるようになったことで「この分野で世界と戦う」という決心がつきました。

どんな大企業でも、集積回路の作り方は同じ。作った回路の性能の違いで優劣を明確にできるので、個人研究者でも大企業と競える世界

IoTを最大限活用するためには、セキュリティ対策が必要不可欠

本研究を始める前は、集積回路の性能を高め、「いかに速さを出すか」に全力を注いでいました。より処理能力が高い回路を設計できれば、それで論文が評価されるため“情報そのものをいかに大切に扱うか”という問題には、あまり興味がなかったのです。

しかし近年、IoTの技術が社会に広まり、私達の生活や環境を改善する一方で、スマホをはじめとした身近な機器が扱う情報は、プライバシーに関わるだけでなく、ときには財産や人命にかかわるほど重要かつセンシティブなものになり、厳重に守られるべきものとなりました。また、それらの情報は、犯罪者やテロリスト等の悪意ある攻撃者に狙われており、さらにその攻撃手段も、技術の進歩と共に高度化しています。そのためIoTの普及によるさらなる生活の質の向上や社会問題の解決を目指すには、セキュリティ対策が万全でなければなりません。身近の悪意ある攻撃を未然に防ぐためには、従来のソフトウェア対策だけではなく、ハードウェア自体に対しての“物理的なセキュリティ対策”がより一層重要となります。特に、情報機器が我々の身の回りの物理世界に広く分散されるIoTにおいては、この“物理的なセキュリティ対策”が必須要件となります。

その対策の一つとして私は、“情報の生涯真正性”に注目しました。ここでいう“情報の生涯真正性”とは、情報が産まれてから破棄されるまでの生涯にわたって不正な複製や改竄がされていないことを保証することです。IoTでは、情報機器に搭載されたセンサーが、物理世界の状況を計測することで情報が産み出されます。私は、①情報の出処となるセンサー機器の製造、②センサーによる情報の取得、③取得情報の保管・破棄、という3つの段階で、センサー機器と情報の真正性を保証することが重要と考えました。特に、物理世界と情報世界の境界に位置するIoTの特徴を生かした、真正性確認手法を検討しています。具体的には、取り扱う情報の中に必然的に刷り込まれる、物理世界の機器の固有の特徴を利用することを考えており、これをサイバーフィジカルインプリントと呼ぶことにして、今回の研究を提案しました。

この方針のもと、これまで性能を追い求めることに一辺倒であった自分自身の研究を、ガラッと方向転換しました。

社会においてIoTを最大限に活用するには、機器と情報の両方に刷り込まれる固有性を取り扱うサイバーフィジカルインプリントによる情報の生涯真正性保証が有効

集積回路を物理的に守り、情報の生涯真正性を保証する

まず「情報の出処」についてご説明します。このセクションにおける改竄とは、センサー機器の改竄を指します。

コンピュータに搭載される半導体集積回路に改竄を加える、つまり回路を作りかえるには、かなり高額な設備を必要とします。一方で、集積回路と接続するパッケージやボードなどの改竄であれば、安価かつ容易に実現可能です。

そこで「集積回路の外部で不正な環境変化が起きたとき、集積回路自身がこれを検知する」という仕組みを考えました。これには電磁界の変化を利用します。

集積回路が生み出す電磁界は、材質によって大きく影響されます。そして、コンピュータ搭載用の半導体集積回路は、出荷前に必ず、外部と電気的な接続を行うパッケージングが施されます。つまり「正規の製造工程によってパッケージングされた集積回路の電磁界」と「不正な製造工程によってパッケージングされた集積回路の電磁界」は、全く別物になるのです。

正規の製造工程の履歴を情報化し、固有IDに刷り込むことで、構成部品の分解や再構成による偽造・改竄といった物理的な攻撃を、集積回路そのものが検知できるようになるというわけです。

攻撃者からのデバイスの改竄、分解、再生を検知するため、一つひとつの集積回路が発する電磁気界を検知。改竄されたセンサーデバイスの流通を防止する

カオス現象を利用して電磁界の変化を検知

この電磁界の違いを効率よく検知するための方法として、カオス共振現象を利用しています。原理は、連結した二重振り子で説明できます。二重振り子は、振り子の長さや連結部の結合強度に僅かな違いがあれば、初期の運動開始位置が同じでも、全く異なる軌跡を描きます。

これを半導体集積回路上の「IC共振器」と、それを搭載する「パッケージ共振器」に適用し(下図参照)、連結部を電磁気的結合に置き換えることで、半導体製造工程だけでなく、パッケージ工程の影響も含んだ、物理的に複製が困難で、固有かつ再現性の高いPUF ID(Physically Unclonable Function ID)を生成する技術を確立させました。

以上が平成30年度の研究成果であり、これにつづく②センサーによる情報の取得、③取得情報の保管・破棄の各段階については、本年度以降に本格的な作業を開始する予定です。

カオス発振現象に対して、自身の専門である電磁気学の知識を用い、わずかな条件の違いで明確に区別ができるシステムを開発した