「端末間協調・相互扶助による無線リンク仮想化」

個人の満足度も考慮する必要がある

このとき重要なのは、親端末を選定するアルゴリズムの開発です。たとえば「電池残量」「通信速度」の2つを基準にした場合を考えてみましょう。「電波環境はいいが、電池残量が少ない端末A」と、「電波環境が悪いが、電池残量が多い端末B」があると仮定します。このとき電波環境のいい端末Aを親にしたほうが、全体の通信効率が上がるため、切り替わることなく端末Aが親になってしまいます。これだと、グループ全体の通信効率は上がりますが、端末Aの電池ばかり減り続けるため、端末Aの使用者の「満足度」は下がります。結局、使うのは人なので、個人とグループ両方の満足度を高められるアルゴリズムを開発する必要があるのです。現時点では、グループ全体で約40%の消費電力削減に成功しました。

電波環境が悪い場合を模擬するために用いた、電波吸収材。これをスマートフォンに被せると、受信感度表示のアンテナが1本になる電波環境が悪い場合を模擬するために用いた、電波吸収材。これをスマートフォンに被せると、受信感度表示のアンテナが1本になる

社会実装を踏まえ、研究を昇華させるチャンス

挑戦的研究助成の存在を知ったのは、服部聖彦先生(埼玉工業大学准教授)からのご紹介でした。私が申請したテーマである「サイバーフィジカルシステム:CPS(現実世界の多様なデータをサイバー空間で分析、結果を社会に還元するシステム)」からは分野が離れており、私の研究が採択されるかどうか不安を感じていたので、一次選考を通過した知らせを聞いたときは本当に感慨深かったです。

二次選考の面接で、親端末選定のアルゴリズム改善のための、CPSを用いた評価手法を説明したときに、選考員の先生から研究内容に限らない、根本的な部分のご指摘をいただきました。これを機に、社会実装の点を鑑みた結果「この技術をスマートフォンの標準装備にする」という新たな目標を見つけることができました。

この目標を達成することができれば、災害時の避難所や、満員電車などでも、効率的なインターネット接続が可能になります。本研究ではLTEを使用していますが、将来的にはさらに高速な回線「5G」が開発されれば、それを使用することができます。LTEにしろ、5Gにしろ、研究の根幹をなす部分はWi-Fiとのエネルギー利用効率の差を利用しているからです。

私は、大学までシミュレーションや数値解析に基づく研究を続けてきたので、本格的に実験をしたのはこれが最初です。今回の研究で「理論と現実とでは、実験しないと判明しないような乖離がある」ことを改めて知ることができました。自分が国立の研究所に所属する研究者として、社会実装を意識することの重要性を認識し、精進していこうと思っています。

挑戦的研究助成を紹介してもらった時期に、国立研究開発法人の所員でも応募できるようになったことに縁を感じ、応募した挑戦的研究助成を紹介してもらった時期に、国立研究開発法人の所員でも応募できるようになったことに縁を感じ、応募した

面接を受けるだけでも価値がある

「自分の研究は、該当分野とは違うのでは」と思っても、ひるまず応募されることをおすすめします。もし一次選考を通過できれば、二次選考の面接が受けられ、そこでディスカッションが可能になります。面接を負担に感じる気持ちは、理解できます。しかし、採択されるかどうかに関わりなく、若手研究者の我々が、一度自身の研究を専門の先生方から評価してもらうことは、それだけでもいい経験になるはずです。私は、面接自体を楽しむ気持ちで本番にのぞめました。選考員の先生方、財団事務局の方々は大変かもしれませんが、できれば、応募される研究者全員を面接してあげてほしい、と思っています。

採択分野と1ミリでも被っていると思ったら応募してみよう採択分野と1ミリでも被っていると思ったら応募してみよう
インタビュー内容と先生の経歴等は2018年7月現在のものです。