水害・雪害対策のための信頼できる連続的データ処理基盤の確立
岩橋 政宏 先生

長岡技術科学大学 技学研究院 電気電子情報系

職名:教授 助成期間:令和3年度〜 キーワード:信号処理 画像解析 マルチメディア 判断支援AI 研究室ホームページ

1990年、東京都立大学大学院修士課程を修了。同年より、新日本製鐵(株)エレクトロニクス研究所に勤務。1991~1992年、郵政省プロジェクト・ジー・シー・テクノロジー(株)へ派遣され、デジタル画像符号化の国際標準化活動に従事。1993年より長岡技術科学大学工学部電気系助手を務め、1995年から2001年まで、長岡工業高等専門学校非常勤講師を併任。1998年、長岡技術科学大学助教授となる。1998から1999年にかけて、JICA長期派遣専門家としてタイ王国のタマサート大学へ派遣される。2012年、現職である長岡技術科学大学教授となる。2022年、情報通信技術の優れた活用に関する総務大臣賞、同年、防災功労者内閣総理大臣表彰、2024年、文部科学大臣表彰科学技術賞(科学技術振興部門)を受賞。

先生が防災のご研究を始められたきっかけを教えていただけますか。

もともと情報圧縮に興味があり、国際標準であるJPEGやMPEGの開発などに携わっていました。大きな転機は、2004年の新潟県中越地震です。その日の夕方、外出先から車で長岡市内へ帰る途中に地震が起こりました。停電で信号は消え、あちこち土砂崩れしているなか必死で家に向かったのですが、結果として震源地に近づいていたのです。進むにつれて道路状況はさらに悪化し、ついには立ち往生してしまいました。私だけでなく、被災された方、一人ひとりが、ご自身がおられる地域や地点の状況が分からず心細い思いをされたと思います。テレビやラジオは耳目を集める被害を報じるばかりで、災害に直面している個人を助ける情報は得られないことを痛感しました。

その年には新潟・福島豪雨という大規模な水害もありました。災害を立て続けに経験したことで、自分の興味を追求する研究だけでなく、対象の幅を広げて防災に役立てることも使命と感じ、専門を生かして防災に取り組むようになりました。その後、2017年からは、松田曜子先生の特定領域研究助成プロジェクトにおいて、水害のリスク判断を画像処理の面からサポートさせていただきました。

初めて防災に関わったのは、同大学の鳥居邦夫先生との1998年に開始された共同研究で、画像から地すべりの予兆を検知するシステムの開発。その研究はセコム科学技術財団の助成プロジェクトだったという意外な縁がある

今回のプロジェクトでは、水害に加えて、雪害にも注目しておられますね。

北陸地方では積雪による大規模な車両滞留が毎年のように発生します。意外に思われるかもしれませんが、地球温暖化が進むほどに雪害は深刻化しているのです。年間の総積雪量は減少する一方で、短時間に大量の雪が降る「どか雪」の増加が雪氷学者によって指摘されており、その指摘は地域住民の持つ感覚とも一致しています。雪害を理解し対策を立てるためには、まずこの定性的な「肌感覚」を、客観的データから定量的に検証する必要があります。

どのようにアプローチされたのですか。

鍵になるのが毎冬の積雪深の記録で、そのグラフは形から「くじら図」と呼ばれます。60年分ものくじら図を解釈するにあたり、データ駆動型アプローチを採用しました。AIに大量のデータを入力して背景にある数式を導かせる手法で、数式化できていなかった現象を理解する手がかりが得られます。

今回は結果として3つの式が得られ、それらの式の割合を変えて足し合わせることで、すべての年のくじら図を近似的に再現できました。この3式によるグラフのピーク時期は、「1月上旬の積雪」、「2月中旬の積雪」、「3月下旬の積雪」を示すと解釈できます。

分析の結果得られた3式を表す3色のグラフ(左)。3式から、すべての年のくじら図(右)が近似可能

積雪のタイプを表現する数理基盤が得られたのですね。そこから気象の変化は読み取れたのでしょうか。

まず、どの年においても2月中旬の積雪の割合が占有的であることが確認されました。一番寒くて雪の多い時期ですから、納得できる結果です。また、3月下旬の積雪の割合はこの60年間でみるみる減少しており、これは地球温暖化によって春の訪れが早まったことと一致します。一方で1月上旬の積雪の割合は減っておらず、これがどか雪の増加を表すと解釈できます。

このように雪氷学者や地域住民の肌感覚を数値的に確認し、客観的な議論の土台を作ったことが、本プロジェクトの大きな成果です。

全体の積雪深を100%として、3成分の割合を示したグラフ。どか雪の増加は気象の極端化の一つであり、近年の気候変動の傾向が表れている