「精神疾患に関わる概日時計細胞の同定と臨床応用に向けた研究」

蛍光から発光イメージングへ

本助成プログラムでは、神経回路を理解するために、神経トレーシング、細胞種特異的光操作・光計測、ファイバーレス光計測法の開発を目指しています。

概日時計の中枢である視交叉上核は脳の深い場所に存在するため、神経活動や遺伝子発現計測には、電極や光ファイバーの挿入が必要でした。しかし、それらの挿入によって神経回路そのものを破壊してしまう問題があります。正常な脳機能を理解するためには、神経回路を破壊することなく、特定の神経細胞の様々な活動を計測できる技術開発が求められます。

そこで、私はホタルが光る発光の仕組みを利用し、特定の神経細胞が活動したときに光る(発光する)プローブを開発しました。このツールを用いることで、いつどこでどの神経細胞が活性化しているのかを計測することができ、哺乳類の様々な行動を調節する神経細胞の機能が分かるようになるはずです。

また、この発光イメージングは、光照射により標的細胞の機能を高い精度で時間・空間操作できる「光遺伝学」との併用が可能になります。これまで蛍光イメージングにより、様々な細胞機能の計測が行われてきましたが、蛍光イメージングのためには光を照射する必要がありました。一方、光遺伝学も、光照射により細胞機能を操作することができるツールです。同じ光を用いるため、蛍光イメージングと光遺伝学で用いる光照射が互いに干渉し合い、操作と計測が難しいという問題点がありました。ですが、発光は酵素と基質の反応で光を放つため、計測に光照射を必要としません。これにより、光操作と光計測を同時に行うことが可能になりました。

これまで私が進めてきた実験結果から、視交叉上核から室傍核領域に密な軸索が伸びていることが分かってきました。この室傍核領域には様々な細胞種が集まっていますが、私はストレス応用に関わるコルチコトロピン放出神経(CRF神経)に着目しました。光遺伝学や開発した発光イメージングを使った実験により、視交叉上核の抑制性神経が室傍核のCRF神経の活動を調節し、さらにオレキシン神経を介して覚醒度が調節されていることが明らかになりました。

オレキシン神経は、覚醒状態の維持に重要な役割を持っています。この神経が脱落すると、時間や場所に関わらず突然寝てしまいます。ナルコレプシーの患者さんにこのような脱力発作が生じるのは、オレキシン神経の脱落や機能低下が原因とされています。

これら一連の実験では夜行性のマウスを使用しましたが、昼行性・夜行性がどのように調節されているかは、いまだによく分かっていません。この問いを解くために、今後は昼行性の動物にまで対象を広げていく必要があると考えています。

研究全体の模式図

必要なのは、頭の良さではなく情熱

セコム科学技術振興財団の挑戦的研究助成に申請したきっかけは、学内からの案内メールでした。1年間というタームの研究助成が多い中で、3年間という長期間に目が留まったのです。1年間では「ほぼ完成状態」という研究テーマでしか、現実的には申請できません。3年間であれば、遠大な目標であっても挑戦力がかき立てられます。そこに魅力を感じました。

そのおかげでしょうか。今回採択いただいたテーマに関連し、文部科学省の若手科学者賞を授賞Science Advancesにも論文を掲載することができました。

この助成に応募される方は、みな優秀で頭のいい科学者の方々ばかりだと推察します。ですが私の場合、研究が好きなだけの普通の研究者です。しかし、その情熱だけは負けていないと思っています。研究に取り組むこと自体が好きですから、いくらがんばっても苦労を感じたことはありません。情熱でここまで突っ走ってこられた気がします。自分が心底好きだと思えなければ、魅力的な研究にはならないと思います。

実験結果の「小さな違い」に気付け

科学本来の面白さは、予想したものと違う実験結果が出た時に、それをどう解釈するかだと思います。自分の立てた仮説にとらわれすぎると、小さなデータの違いに隠された重要な意味を見過ごしてしまうでしょう。私の博士論文は、これまで見過ごされてきたその「小さな違い」に気づくことができたこと、そしてそのメカニズムを明らかにできたこと、その経験が現在の私の、研究の基礎となっています。大学院時代に研究のあり方をご指導くださった本間研一先生、本間さと先生に感謝しています。

将来的には、生体機能を操作できるような、人工概日時計を作ることが私の目標です。実現すれば、睡眠障害や精神疾患などの予防に活かせるかもしれません。また、21世紀は宇宙時代への幕開けであり、月をはじめ太陽系の惑星への移住などが真剣に議論されていますが、その際、われわれの生命活動の維持や環境適応にも、この研究結果がきっと役立つでしょう。

これから応募される皆様方には、ぜひこの挑戦的研究助成制度を利用して、チャレンジングで壮大な研究にトライしてほしいと願っています。

魅力的な研究を行うには「情熱」と共に体力が必要不可欠。現在はマラソンで体力づくりに励む