「病原細菌の進化戦略に着目した病態の解明と予防法の検索」

動物感染モデルから、タンパク質の働きを特定

野生の肺炎球菌株と、cbpJ遺伝子が欠失した肺炎球菌株をマウスに経鼻感染させ、2週間の発症率と生存率を比較したところ、cbpJ遺伝子欠失株に感染したマウスの方が明らかに発症時期が遅く、死亡数も減少しました。

次に、感染から24時間後のマウスの肺胞を調べました。野生株に感染したマウスの肺の中には約10の8乗もの菌が存在していたのに対し、cbpJ遺伝子欠失株に感染したマウスの肺胞には10の4乗、つまり野生株の10,000分の1程度の菌しか存在しませんでした。

さらに、野生株およびcbpJ遺伝子欠失株に好中球(生体内に侵入してきた菌類を食べて殺菌する白血球の一つ)を混合して殺菌試験を行った結果、cbpJ遺伝子欠失株の生存率が、野生株を大きく下回りました。この結果をもとに研究を進め、cbpJ遺伝子には好中球による殺菌を回避する能力があることも突き止めました。

cbpJ欠失株感染マウスと野生株感染マウスの比較。感染後14日間の生存率(左)と、感染24時間後の肺胞洗浄中の菌数(右)Yamaguchi M. et al. Commun. Biol. 2. 96. 2019. 一部改変.CC-BY 4.0.

これによりCbpJは、肺炎球菌が生体に感染する病原因子の働きを有していることが明らかになりました。

また、cbpJ遺伝子欠失株を経静脈感染させた場合は、野生株との有意差が生じなかったことから、cbpJ遺伝子は肺感染時の病原性に関係すると考えられます。

遺伝子は全ての生物が持っているものですから、分子進化解析を応用したこの方法はあらゆる生物種に対して適用可能であり、病態の解明や新ワクチン抗原の探索、新薬の開発に繋がると期待できます。

研究者として成長できる唯一無二の研究助成

これほど明確な結果を得ることができたのは、今回、この挑戦的研究助成制度に採択していただいたおかげです。実験に使う試薬は高額なものが多いため、十分な研究費が得られなければ実施できない実験がたくさんありました。また、一部の作業を外部の業者に委託したり、既製品を購入する余裕ができたことで、研究結果に対する考察や、次の研究計画を練る時間が確保できたことは、研究者として大きな喜びです。

特に、その分野の国内トップレベルの方から助言をいただけるメンタリングは、他の助成制度では得られない大きなメリットです。研究者として新たな視点を与えていただき、研究方法の選択肢が広がって研究自体がスケールアップする、非常に貴重な時間でした。それを3回も行っていただけることに、心から感謝しています。

自身がやれることや、予算の範囲内だけではなく、自分が何に最も興味を惹かれているのか、向き合うことができた

幸福な生活と優れた研究が両立する研究室を目指して

留学先のNizet研究室では、多くの研究者が朝から夕方まで集中して研究を進め、暗くなる前に帰宅し、休暇も取っていました。研究と生活をしっかり両立させながら、優れた論文を次々と世に出していました。

一方、日本の研究室には、研究以外の仕事に時間をとられてしまうことが多く、家族と過ごす時間や規則正しい生活を犠牲にしながら、世界と戦っている状態です。

指導者となった際には、海外に負けないくらい効率的で、多くの研究者がのびのびと研究できる環境を構築することが、研究者としての自分の目標のひとつです。

挑戦的研究助成は、審査のときも他分野の先生たちからポジティブな意見をもらえるため、研究者として成長できる大きなチャンス
インタビュー内容と先生の経歴等は2019年7月現在のものです。