毛髪を用いた恒常的な心理状態の把握とストレスレジリエンスの向上を目的にしたフィードバックや継続的ケアの実現
大平 雅子 先生

滋賀大学 教育学部 教授

助成期間:令和2年度~ キーワード:ストレス ホルモン 研究室ホームページ

2011年3月大阪大学大学院博士課程医学系研究科予防環境医学専攻修了、博士(医学)。同年4月に長岡技術科学大学産学融合トップランナー養成センター産学官連携研究員として、非侵襲的に睡眠中のホルモンを定量する技術の開発、体組織液・爪・毛髪由来の生化学物質による心的ストレス評価の研究に従事。2011年10月に滋賀大学教育学部講師に就任し、准教授を経て2021年より現職。兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科教授も務める。

先生のご研究テーマの「ストレスレジリエンス」は、ストレスの回避や軽減とは違うのでしょうか。

ストレスは、できる限り取り除くべき悪いものと考えられる場合が多いです。しかし、適度なストレスは良い意味での緊張感ややる気をもたらし、またそれを克服することで心身の成長につながる場合もあります。もちろん心身の健康を損なうほどの過度なストレスは論外ですが、完全に取り除くのが困難である以上、うまく付き合っていくためのストレス認知(受け止め方)やコーピング(対処方略)が重要なのです。 

そこで、本研究では、毛髪に蓄積されたストレス関連物質の量を指標として恒常的な心の状態を評価し、個人の生活習慣や特性に応じた適切なフィードバックや、心身をケアする方法を提供するシステムの開発を目指しました。人々のストレスへのレジリエンスを高めることで、心身の健康の向上に貢献したいと考えています。

ストレス関連物質には、どのようなものがありますか。

ストレス関連物質の中で最も代表的なのが、コルチゾールです。ストレスを受け腎皮質から分泌されるホルモンで、代謝系や免疫系などに影響を与えます。

本研究では、コルチゾールに加え、感情やバイタリティなどに関わるテストステロン、コルチゾールと拮抗する作用を持つ抗ストレス物質DHEAを、毛髪中のストレス指標として用いました。

なぜ、毛髪に着目されたのでしょうか。

ストレス関連物質は、毛髪だけではなく、血液や尿、唾液などからも検出されます。そのため、これらを調べることで心の状態を評価することが可能です。

しかし、採血は体に負担がかかることも多く、尿は必要時に即座に採取するのは困難です。また、唾液は食事内容などによって成分が変化してしまう可能性があります。さらに血液や尿、唾液は常に体内を循環しているものなので、恒常的な心身の状態や、中長期的なストレスの評価には不向きなのです。

これに対して毛髪や爪は、体内のストレス関連物質を微量ずつ取り込みながら伸長するため、ストレス関連物質の分泌の履歴を中長期的に記録することができます。特に毛髪は体に大きな負担をかけることなく採取可能で、1ヶ月に約1cm伸びるので、根元から3cm部分の毛髪を分析すれば、直近3カ月の心の状態を評価することができます。

毛髪には、根元の毛細血管を介して様々な物質が蓄積されている。そのため、薬物の使用歴の調査などにも用いられてきた

毛髪から心の状態を評価する研究は、以前から行われてきたのでしょうか。

はい。欧米では約20年前から研究が進められ、毛髪はメンタルヘルスを評価するマーカーとして用いられてきました。

しかし、既存の研究は毛髪の採取量が多かったり、成分抽出にかける時間が明確に定められていないなど、プロトコル(手順)について十分な精査が行われておらず、社会実装には不向きでした。また、欧米人と日本人では髪質が大きく異なるため、同じ分析法が採れるのか、疑問に感じたのです。

そこで、私はプロトコルを再検討し、必要に応じて改善を加え、実用化に向けて最適化に取り組みました。その結果、わずか10㎎の毛髪からストレス関連物質を抽出することに成功しました。

従来の研究では毛髪を粉砕して成分の抽出が行われていたが、その手法では毛髪にロスが生じて正確な成分量の把握が困難になる。
そのため、本研究ではこのプロセスはカットした