疼痛緩和治療において疼痛の程度を客観的に評価するウェアラブルセンサ方式の社会実装
室伏 景子 先生

がん・感染症センター都立駒込病院 放射線診療科治療部 医長

助成期間:令和2年度~ キーワード:疼痛評価 心拍変動 自律神経 研究室ホームページ

2002年3月筑波大学医学専門学群卒業。筑波大学放射線腫瘍科医員及び病院講師、がん研究会有明病院放射線治療科医員及び副医長などを経て2017年6月筑波大学放射線腫瘍科病院講師に就任。2020年3月に博士(医学)を取得し、同年4月にがん・感染症センター都立駒込病院放射線治療科医長となり現在に至る。放射線治療に携わるとともに、乳癌や子宮頸癌、直腸癌に関する臨床研究に従事してきた。日本放射線腫瘍学会における放射線治療ガイドライン委員や大腸癌治療ガイドライン委員など、標準治療の啓発・教育を目的としたガイドライン委員も務める。

まずは、今回のご研究を始められた経緯について教えてください。

病気による疼痛は、患者の肉体や精神的な活動を著しく阻害します。患者のQOL維持向上のためには、疼痛緩和治療がきわめて重要です。

しかし、疼痛の程度を客観的に評価するための科学的な指標はいまだ存在しません。日常臨床においては、患者の自己申告や表情などから医療関係者が推測するなどの主観的な方法が主流ですが、こうした手法は疼痛緩和治療の必要性や強度を過大あるいは過小に評価してしまう危険が伴います。

患者の苦痛を、安全かつ最大限に緩和できるようにするために、疼痛の客観的評価法の確立が急務となっているのです。

鎮痛剤の乱用を防ぐためにも、疼痛の客観的評価法の確立は、世界的に大きな課題となっています。それにもかかわらず、いまだ医療現場では主観的な評価に頼っている状態なのですね。

はい。客観的な疼痛評価法として、MRIによる撮影や、血清バイオマーカーの利用が試みられています。しかし、これらの手法は侵襲性を伴い、また疼痛を即時的に評価することは困難です。

そこで私はウェアラブルセンサに着目し、客観的であり非侵襲性で、さらに即時的に評価できる新たな手法の確立を目指しました。

欧米では、患者の訴えによるモルヒネ乱用と中毒死が大きな社会的問題となっている。
これに対し、日本では痛みの過小評価による弊害が生じており、疼痛緩和治療に不満を持つ患者が一定数存在する

ウェアラブルセンサなら、患者の体に負担をかけることなく評価できそうです。先生が考案された手法について、詳しく教えてください。

痛覚は、Aδ線維やC線維などの神経線維を介して脊髄後角に伝わり、視床を経由して大脳皮質の感覚野や大脳辺縁系に伝達されます。そして、その過程で交感神経も刺激を受けます。具体的には、痛みを感じると交感神経が興奮して、血管の収縮などを引き起こすのです。

そこで、自律神経活動を評価することで、疼痛の程度を間接的にではありますが、即時的かつ客観的に評価できるのではないかと考えました。

疼痛の伝達メカニズム:大脳に伝えられる過程で、交感神経も刺激を受ける

疼痛と自律神経活動の間には、神経学的に密接な関係があるのですね。自律神経活動は、どのように評価されるのでしょうか。

自律神経活動を評価する方法として、心拍変動の解析があります。

心拍間隔は毎拍、微妙に変動しています(図1、図2参照)。そして、その心拍変動を周波数解析することで「高周波成分」(HF: High Frequency)と、「低周波成分」(LF: Low Frequency)に分けることができるのです(図3参照)。

HFは副交感神経、LFは交感神経と副交感神経双方の活動をそれぞれ反映しています。そのため、心拍変動の解析結果から自律神経活動の状態を把握して、そこから疼痛の客観的評価を行うことができるのではと考えました。

心電波計の心拍間隔(左)と心拍間隔のグラフ(右)

心拍変動の解析結果。高周波成分(H)は副交感神経活動、低周波成分(L)は交感神経活動と副交感神経活動をそれぞれ反映する