障害への統合的に高い頑健性を有する動的システムを構築する為の数理的基盤探索
森野 佳生 先生

九州大学 大学院 総合理工学研究院 エネルギー科学部門

職名:准教授 助成期間:令和4年度〜 キーワード:動的頑健性 結合振動子系 ネットワーク理論 数理工学 研究室ホームページ

2013年、東京大学大学院情報理工学系研究科数理情報学専攻博士課程修了。同年、東京大学大学院情報理工学系研究科特任助教となる。2016年から東京大学生産技術研究所にて特任助教を務め、2019年より現職。

まずは、先生のご専門である数理工学がどのような学問なのか、教えていただけますか。

一言で言うならば、「社会的な問題を数学を使って解決する、工学の一学問分野」です。現実の問題に直接応用することを目的としない「純粋数学」に対して、「応用数学」とも呼ばれる分野です。

数理工学では、様々な問題を数理的な問題として定式化(数式に変換)し、最適な答えを数理的な視点から導くことを目指します。医療への応用ならば、患者さんのがん細胞の数とその時間的な変動のルールを数式で表して、投薬すべきタイミングを示したりすることが具体例として考えられます。

現実の社会問題と向き合う数学なのですね。数理工学ならではの難しさを感じるのは、どのようなところですか。

「問題をいかに数式に変換するか」が数理工学ならではの難しさと言えます。あらゆる要素を盛り込むと数式は複雑になりすぎて解けないし、単純化しすぎると意味がありません。問題の本質が表現できて、かつ簡潔な数式が理想です。

そうして作った式が必ず解けるとは限りません。原理的に解けない場合も多くあり、そのような場合はコンピューターを用いた数値計算により答えを導きます。

もっとも、一足飛びに「すぐに実用化できる答え」を出す必要はありません。「定性的」と「定量的」という言葉が鍵になります。大きな方向性を示すのが定性的な研究であり、具体的な答えを求めるのが定量的な研究です。定性的な研究で新しい道を切り拓き、そして他分野の知見と合わせることで定量的な研究に発展させることが実社会への貢献につながります。

定量的な研究には、医学や経済学など各分野のプロフェッショナルとの協力が欠かせない

数理工学の研究と社会とのつながりがイメージできました。それではさっそく、先生が取り組んでおられる「システムの頑健性」について教えてください。

社会システム・機械システム・細胞が集まった臓器などを対象の一部として意識しながら、システムが強いとは数理的にどういうことかを研究しています。

システムの構成単位を「素子」、時間変動する素子からなるシステムを「動的システム」と呼びます。壊れた素子の数が増えると動的システムも弱っていくのですが、ある程度の破損までは動的システム全体としての機能は維持されています。しかし、更に部分的破損が進むと、あるところで動的システム全体の機能は完全に失われてしまいます。素子の破損がいかに動的システムの破損につながるのかを調べることで、より強い動的システムを追求しています。

正常な素子(赤)と破損素子(青)の割合と、システム全体の正常性の関係

モデルとなるシステムを数式で表す、ということでしょうか。

数式でモデルを表す具体例として「弱ったシステムに外部から新たに正常な素子を追加して復活させる場合に、どの素子から助ける戦略が、効率が良いか」を、以前調べました。

始めに立てた式は一般的な個数(N個とします)の素子の状態を含んで書かれており、変数が多く複雑すぎるため、このままでは解けません。

ネットワークのモデルと、素子の状態の時間的変化を示す式。ΣでN個の変数をまとめている。引用:Physical Review E 88, 032909, 2013.

そこで、N個の式を6個の式に代表させる変形を行います(近似と言います)。それらは「助けを受けている正常素子と破損素子」、「助けを受けていない正常素子と破損素子」、「正常素子を外から助けている正常素子」、「破損素子を外から助けている正常素子」の6種類に対応します。これ以上素子の種類を削ると役割が違う素子を区別できなくなるので、最低でも6種類は必要と考えたわけです。本質的な部分を抜き出すという目的に適う数式を作る工程は、研究者のオリジナリティが現れるところでもあります。

この式を出発点として、数式の変形を繰り返すことで、システムの回復条件が理論的に得られます。理論の検証実験にあたるのが数値計算です。始めのN個の式に具体的な数値を入れてコンピューターで計算し、理論の結果と合えば、6個の式にした近似は適切だったと言えるわけです。